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14 grain candy
うなだれている男女。
数馬さんが、そんな彼、彼女らに声をかけている。
そんなを数馬さん見て、神経がおかしいのではないかと思ってしまったけど(いきなりラヴホテルの部屋に押し入って、声をかけるなんて変だろう)、そんな彼と一緒にいるあたしも相当なものだと考えると、少し笑えた。
返事がない、ただの屍のようだ、と有名なRPGみたいにはならず、うなだれている男女たちは数馬さんに「誰……?」と返事をしていた。
積極的でもなく、どこか投げやりな感じで答えていた。
ただ、いきなり部屋に入ってきたあたしたちに対しての態度にしては、それが適切な行為とは思えない。
せめて、わめいたり驚いたりしたらどうだ、と思ってしまった。
これではただの屍と変わらない。
ほぼゾンビと一緒だ。
いや、それはやはり屍だな、
「ガンギマリだな、こいつら」
数馬さんが怪訝な顔をして言った。
一瞬なにかの昆虫の名前かと思ったけど、この男女たちの様子を見るに、それがドラッグをやって、多幸感を得ているときのことを言っているのだと理解した。
その中の女のひとりが、身を這いずりながら数馬さんへと近づいていく。
さっきも思ったが、その姿はゾンビ――いや、半裸状態で髪型が乱れているせいか、よくネタにされているテレビ画面から出てくるホラー映画のキャラクターのようだった。
そしてそのゾンビ女は、数馬さんに「殺して、ねえ殺してよ」とか細い声で言っている。
あたしは、ますますホラー映画だなと思った。
だけど、分からなくもない。
この女は死にたいのではなく、殺されたいのだろう。
あたしにはよく分かる。
イジメられているときに、何度も思ったんだ。
でも結局は、誰も殺してなんてくれない。
死にたいのならそうしてやるとは言っても、誰も殺してなんてくれない。
カジュアルに、簡単に言ってもできやしない。
殺してしまったら、それはもう面白くないからだ。
玩具が壊れたらもう遊べないし、問題も起きるからだ。
イジメはその対象の人間性を廃した、とても酷いものだ。
助けなんて期待できない……いや、そんな思考すらなくなる恐ろしいことなんだ。
嫌なことを思い出してしまい、あたしはその女から目を逸らして、部屋にあった鏡を見る。
そこには男のように髪の短い、痩せた、頬のこけた今にも死にそうな女が映っていた(あたしの顔だ)。
あたしは、小さいときわりとふっくらしていたのだけど(今考えるに、母親がコンビニメシばかりを食べさせていたからだろう)、その面影はもうない。
あたしが自分が同性愛者だと気がついたのは、まだそのふっくらとしていた頃だ。
だけど、それがおかしいことだと自分では気がつかず、誰かが教えてくれるものでもなかった。
クラスで恋バナがされるようになったのは、小学生の高学年くらい。
そのときの仲良しグループに、あたしは自分が女性が好きなことを伝えた。
あたしは信頼していた。
その友人たちもよく本音で話さない人は友達ではないと言っていた。
だから話した。
自分の秘密を打ち明けた。
だけど、結果そのことがきっかけになってあたしはスクールカーストの最下層に落とされることとなった。
今思えば、グループ内でふっくらとしている体型のことをいじられたり、あまり強く言い返さない(せない)からか、からかわれ役だったりと、すでにイジメられているようなものだった気もする。
だけど、それでもあたしはその友人たちのことを信じてた。
家では母親が、学校では先生があたしにそう教えたからだ。
友達百人できるかな、とかいうキャッチコピーか歌だったか忘れたけど、その言葉がすべてを表している。
そう――。
友達は大事で信頼して隠しごともしてはいけない。
嘘はいけません、正直に生きましょう。
それを信じた結果、あたしはイジメられることになった。
そのときの担任の先生は、あたしのことをお笑い芸人がいじられているくらいにしか思ってくれず、母親は無関心で、周りの大人は誰も助けてはくれなかった。
そのくせに学校を休むなと先生は言う。
恥ずかしいから、ちゃんと学校へ行け、と母親は言う。
みんな自分のことばかりだ。
この国の教育は嘘を教えている。
人のためなんてのは虚飾だよ。
だけど、あたしは今、ここにいる。
あの人の……結花のためにここにいる。
物騒な薬物など捨てて、関わらなければいいのに、それができない。
なんの皮肉だ、思う。
あれだけ思い知らされたというのに、あたしはまだ他人のために行動している。
いや、好きな人のためって、結局自分のためか……。
「こりゃダメだな。何も聞けそうにねえや」
数馬さんがそういうと、奥の扉から人が出てきた。
その人は真っ赤なコートを着ていて、この享楽的な部屋をスタスタと歩き、あたしたちのほうへと向かってくる。
その男を見ると、違和感が半端じゃない。
身長は180cmはありそうな長身の男で、背のわりにずいぶんと細い。
髪は乱雑に切られていて、派手な服を着ているくせに、身なりには気を使っていないように見える。
「なあ、ちょっと聞きたいことがあんだけど――」
近づいてきた真っ赤なコートの男に声をかけると、いきなり数馬さんを殴りつけた。
あたしの横を吹き飛ばされていく数馬さん。
人間があんな風に吹き飛ぶなんて、七つの玉を集める漫画じゃあるまいし、絶対にありえない。
だけど、あたしはそれを可能にするモノを知っていた。
そう……それはサイコキャンディだ。
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