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17 grain candy
騒ぎの後、あたしは数馬さんと病院へ向かおうとした。
だけど、数馬さんはそれはまずいと言い、スマートフォンでどこかへ連絡する。
それから数馬さんに肩を貸すように言われ、片足を引きずる彼と一緒にラヴホテルを出た。
あたしたちがホテルから出ると、パトカーが見える。
周辺には大勢の人――野次馬たちも群がり始めていた。
もう少し遅かったら捕まっていたかもしれない。
しばらく歩いていると、あたしたちの横に一台の車が停まった。
怖い人が乗っていそうなイメージがあるハマーとかいう車だ。
あたしが身構えると、数馬さんが「知り合いだから心配するな」と言った。
運転席からウェーブのかかった長い黒髪の女性が、不機嫌そうにこちらを見ている。
顔を見るに日本人ではなさそうだけど、話す日本語に外国人特有の訛りがない。
あと女のあたしから見ても綺麗な人だった。
「久しぶりに連絡あったと思ったら、あなた撃たれたの?」
「ああ、わりいな沁慰。治療を頼むわ」
それからハマーに乗り込み、沁慰という人の店――韓国整体院へと運ばれた。
あたしは最初この沁慰という女性のことを、ヤクザ絡みの医者だと思った。
映画とか漫画に出てくる闇医者とかいうお金に汚いやつ。
だけど、数馬さんと沁慰のやりとりを見ていると、ずいぶん親密な関係に見えた。
この女性は数馬さんの恋人かな?
沁慰の数馬さんを見る目や、ときにそっと触れる手の動きが妙に色っぽい。
二人は、まるであたしがこの場にいないように話を始めた。
結花の話だ。
「黒崎結花……彼女、まずいわね。このままじゃ殺されるわよ」
「それはサイコキャンディってやつのせいか?」
沁慰がそう言うと数馬さんが、「当然お前は知っているんだろ」みたいな言い方で訊いた。
そして彼女は、数馬さんの思っていた通りサイコキャンディのことを知っていた。
沁慰は、サイコキャンディを手に入れた半グレグループが、白井不動産会社と抗争をしようとしていると説明をする。
結花は薬の売人としてかなりの有名人らしく、女子高生のあたしでも知っている都内の指定暴力団――葉瑠田会からもその商売を認められていると言う。
問題は、結花がサイコキャンディを、その半グレグループに売ったと言うことらしい。
……あたしが聞いた結花と川島さんの会話では、盗まれたということだったけど――。
「だから福富たちが捜していたってわけか」
数馬さんは、足に打ち込まれた拳銃の弾を抜かれながら平然と話している。
沁慰も、まるで髪についているゴミでも取るかのように、器具でこじ開けた足の中をピンセットでほじくっていた。
血とかグロいものがダメなあたしは、それを見ていられなかったけど。
二人にはとっては、当たり前のことなのだと思わせる様子だった。
治療が終わり、沁慰が数馬さんの足に包帯を巻いている。
彼女の表情や手の動かし方、指の動きのせいか、その様子が前戯ように見えてしまって、なんだか見ていてはいけない気持ちになってくる。
結構な年齢っぽいけど、何歳なんだろこの人?
「よし、サンキュー沁慰。これで動ける」
包帯の巻かれた足をバシバシ叩きながら言う数馬さん。
あたしには、この人が何をしたいのかよく分からない。
いや、正直分かっていることなど一つもない。
数馬さんは従妹である結花を止めたいのか?
それと白井不動産会社っていうのは、結花の父親の会社のはず。
なのにそこで働いている福富という男は、結花を捕まえようとしている。
でも、捕まえて保護する気なのかな?
娘が狙われていたら、父親なら当然心配するもんね。
「じゃあ、行くわ。助かったよ、ありがとう沁慰」
「あら、お代は払ってくれないわけ?」
首をかしげて、左右の眉を下げる沁慰。
やっぱりいちいち仕草が色っぽい。
「この借りは必ず返すわ。精神的に」
「この店の精神的お値段は、お金で払う以上に高いわよ」
嬉しそうに返す沁慰。
ところで数馬さんの言う、精神的に借りを返すとはどういうものなのだろうか?
悩み相談や愚痴を聞くことなのだろうか、と考えていると、数馬さんが「行くぞ」と声をかけてくる。
「数馬くん、そんな若い子を連れ回すんだから、ちゃんと守ってあげないとダメよ」
結局沁慰は、あたしのことを最後まで何も聞かなかった。
この二人の関係がどういうものなのかは分からないけど、あたしが彼女の立場だったら嫉妬しそうなものだけれど……。
そこは大人の余裕ってやつなのかな?
それから、あたしたちは沁慰の韓国整体院を後にした。
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