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18 grain candy
結花があたしたちを置いていき、その後沁慰に治療をしてもらった数馬さん。
それからあたしと歩いて駅まで向かった。
歩く姿を見るに数馬さんの足は問題なさそうだった。
拳銃で撃たれて、弾丸を抜いたばかりだというのに……。
この人はヤクザじゃなくて、バトル物アニメの登場人物ではないのだろうか。
女に優しいとか、そういうところもハードボイルドな感じでバッチリだし。
そんなことを思っている内に駅に到着。
小田急線の経堂駅と書いてあるけど、あたしはあまり遠くへは出かけないので、正直駅の名前を見てもここがどこか分からない。
「よし、じゃあここからは一人で帰れ」
数馬さんがそう言って、あたしに一万円札を渡してきた。
ここからは関わるなということだろうか。
それはそうだ。
あたしみたいな女子高生、もといスクールカースト最底辺のいじめられっ子が一緒にいても役には立たないどころか、かえって足を引っ張ってしまう。
さっきもそうだったし、数馬さんの判断は正しい。
それにもうオレンジの色の飴玉――サイコキャンディは結花の元へ戻ったのだからこれ以上は意味がないし、あたしの目的は一応果たせたということになる。
だけど……それでもあたしはついて行きたかった。
それを伝えると、数馬さんはさっきいたラヴホテルで危険な目に遭ったろうと話をしてきた。
今度は死ぬかもしれない。
運が良かっただけだ――とか、まっとうなことを言っている。
なら、最初から連れていくなよとも思ったけど……。
あたしはそんな数馬さんから目を離さなかった。
反社会的勢力であるヤクザ。
世間で言われているところの人間の屑。
そんな数馬さんにあたしは説教されている。
それはあたしのことを本当に心配してくれているのが分かるほど、言葉選びに気を使った優しいお𠮟りだった。
あたしは、母親にも学校の先生にも、こんなに気を使ってもらった叱責を受けたことはない。
誤解を解いておきたいのだけれど、あたしは何も小言を言われるのが好きとか、何かと気にかけてもらいたいかまってちゃんではない。
ここは強調しておく。
けして、断じて、そんなことはない。
むしろ人から何か言われたりするのは大っ嫌いだ。
たとえそれが善意だったり、あたしのことを考えてのことだったとしてもだ。
お前のためを思って言っている。
あなたのことを考えているからこう言う。
あたしが吐き気を覚える言葉ランキングのトップに入るくらいだ。
「~のため」なんてことを言う人間はまったく信用できない。
「お前のため、あなたのため」というのは、そいつが自分の範囲で考えただけの見解であり、それを分からずに正解だと捉えてしまうと、自分自身の判断力はドンドンなくなっていく。
しかも、そういうこと言う奴の判断は大体の場合が失敗するし、間違っていることが多い(なぜなら、そう言った奴の都合だから)。
そして失敗したところでそいつは責任を取ってくれない。
うまくいこうものなら「俺の、私のアドバイスのおかげ」といつまでも恩着せがましく言ってくる。
逆に聞かないなら聞かないで「だから言ったのに」ってなんて言いやがる。
「それがお前のため、あなたのためだ」とか言う奴は、その人のために言っているわけではなく、他人にモノを言っている自分が好きなだけだ。
自分の範囲内だけで好きなことを言っているので、そいつ自体には深みなどなく、当然その言葉にも大して意味はない。
だけど、この人は……数馬さんは違う。
あたしのことを考えて話してくれている。
こんな大人には初めて会ったよ……。
あたしが虚ろな眼差しを向けていると、数馬さんはあたしの頭を撫でて、そのまま夜の街へと消えていった。
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