19 grain candy

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19 grain candy

数馬(かずま)さんと(わか)れた夜から数日が()ぎた。 別れたと言うとまるで恋人同士だったみたいだけど、そんな甘美(かんび)なものではなく、しいて言えば兄と妹みたいなものか。 あたしは同性愛者(レズビアン)だけど、数馬さんになら抱かれてもいい。 そんなことを思わせてくれる人だった。 あたしは相変(あいか)わらず学校へは行かずに、部屋でゴロゴロしている。 今はベットの上で、CDのジャケットを手に取って(なが)めていた。 ラフにペイントされた三色旗(さんしょくき)やバンド名をもしたタイトルに輪切(わぎ)りにされたレモン――。 ストーン·ローゼスのCDジャケット。 石と薔薇(バラ)というバンド名。 ユニークなジャケット。 「あんたの家はレコード聴けるか? よかったら()してやるよ」 結花(ゆか)に言われた言葉を思い出す。 あたしはレコードプレーヤーを持っていないことを伝えたのだけれど、結局CDのほうを借りてしまっていた。 数馬さんと別れてから、このアルバムの『Don't Stop』という曲ばかり聴いている。 サイケデリックなサウンド、逆再生(ぎゃくさいせい)されたような音が、あたしにサイコキャンディをキメたときのような体験(たいけん)を思い出させてくれる。 たしかオアシスというバンドのボーカル――リアム·ギャラガーはこのレコードを三枚持っているとか。 あたしから見れば、このバンドのベスト(ばん)海賊盤(ブートレッグ)を何枚も持っている結花も相当におかしいのだけれど、まあファンというのはそういうものなのかもしれない。 ここ数日、一人で考えていた。 このCDを返すというのは、結花に会いに行ける理由にはならないだろうか。 本当はただ彼女に会いたいだけなのだけれど。 やっぱり意味というか、大義名分(たいぎめいぶん)がないと動けない。 あれ? 大義名分ってそんな意味じゃなかったっけ? まあいいか。 ともかく何か理由をつけないと人に会いに行くことすらできないのが、あたしの今までの生き方を物語(ものがた)っているようで少し(かな)しくなる。 ベットから体を()こしたあたしは、ストーン·ローゼスのCDとあのときに(ひろ)っていた二~三個のオレンジの飴玉(あめだま)――サイコキャンディをトートバッグに入れて家から出た。 出る前に母とすれ(ちが)ったけど、あたしに関心(かんしん)がないようでこちらを見もしなかった。 まあ、どうでもいい。 外はもう(くら)くなっていた。 街には人が多く、()かれている連中が(むら)がっている。 今さらながら土曜だったのか思った、学校へ行っていないと曜日や日付の感覚(かんかく)がなくなる。 うるさく(さわ)ぐ人の洪水(こうずい)。 その声を聞いていると、いつもなら気にならないはずなのだけど、今日はなんだからイライラしてくる。 はしゃぐ街を見て、浮かれてんじゃねえと怒りがこみ上げてくる。 いや、元から苛立(いらだ)ってはいたんだ。 昔のあたしは、それをいけないことだと勝手に思い込んでいただけで、こういう大勢で集まって安心しているような人間が(きら)いだったんだ。 結花……彼女と会ってからのあたしは、自分の感情に素直(すなお)になれるようになった。 同性愛者(レズビアン)ということで引け目を感じたりしなくなった。 人と違っていて良いんだと、彼女は言葉ではなく態度(たいど)で教えてくれたんだ。 これはまさに魔法(まほう)。 黒崎結花は魔法使い……いやロックンロールの魔女(まじょ)。 ナイトクラブでターンテーブルを(あやつ)り、エレキギターをかき()らすロックスターDJ。 ロックとは元々若者の反抗(はんこう)象徴(しょうちょう)するものだったらしいけど、現代でそんなことを思っている奴はいないだろう。 今はライブコンサートでみんなで一緒になってイエ~イみたいな、エンターテイメントの一つに過ぎない。 みんなでお手てつないで、仲良くワイワイ。 そんなの全然ロックじゃない。 あたしが結花の教えてもらったロックンロールは、マイノリティーのためのものだ。 (たよ)れるものがない者がすがる悪魔(あくま)(ばら)いのようなものだ。 そう考えると、街で徒党(ととう)を組んでバカ騒ぎしている連中をぶっ殺したくなってきた。 いや、待て――。 今のあたしにならできるか。 このオレンジのグラデーションの飴玉――サイコキャンディさえキメれば……。 今、目の前にいる連中を、あっという間に(だま)らすことができる。 あたしがトートバッグからサイコキャンディを一つ出して、手に(にぎ)ると騒ぐ街の群衆(ぐんしゅう)の中から聞いたことのある声が聞こえてきた。 そこにはあたしをいじめていた学校のクラスメイト――。 スクールカースト最高位(さいこうい)の連中がいた。 もう夜も(おそ)いというのに気崩(きくず)した制服姿で、男女でペアを組んで歩き、そのリア充ぶりを周囲にアピールしている。 こいつらは学校でも教師に優遇され、他の生徒からもちやほやされている。 だけど、こいつらは人間の(くず)だ。 あたしのことをあんな目に合わせておいて、どうしてこんな笑顔でいられる? なんでそんなに楽しそうにしている? あれだけ人のことを(きず)つけておいて、リアルを充実(じゅうじつ)させているんなんて人の風上(かざかみ)にもおけない。 世間的(せけんてき)に屑だと言われている、(くすり)売人(ばいにん)の結花や、ヤクザの数馬さんのほうがよほどあたしに(やさ)しかった。 それでも薬の売人やヤクザがすべて良い人というわけじゃない。 二人がその中でも特別なのは分かる。 だとしてもこいつらは……あたしから見たらそんな社会のゴミ屑以下の存在(そんざい)だ。 気がつくと(つめ)()んでしまっていたあたしは、そのまま手に(にぎ)っていたサイコキャンディを見つめた。 今……今のあたしならこいつらを……。 そしてあたしは、サイコキャンディを口の中に入れていた。
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