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21 grain candy
そして一斉に襲い掛かって来る男たち。
さっきまでの情けない様子が嘘のように顔を強張らせている
泣いていた女たちも、般若のようなキツイ顔で「やっちゃって!」と応援している。
やれやれ、もう仲直りしているのかと、呆れてため息が出てしまう。
さっきまで「こいつが、こいつが」と罵り合っていたというのに、こいつらの精神構造がどうなっているのかを、世界的に有名な研究所にでも送って調べてもらいたい。
こいつらはあたしのことを力で押さえこめると思ったのだろう。
だけど無理。
無駄無駄、と中学のときに好きだったアニメの悪役キャラの台詞を言いたくなる。
今のあたしはロードローラーを投げ飛ばせる気がするし、石仮面から出る八本の肋骨状の針を脳に突き刺し、人間をやめた……いや人間を超えた状態。
まさに最高に「ハイ!」ってやつだ。
今のあたしには魔法がかかっている。
集中して目を凝らせば、連中の動きがスローモーションに見えるんだ。
あたしは連中の間からするりと抜けると、テレビドラマや映画で見たアクションシーンのマネをしてみる。
脳内でその映像が再生される。
囲まれた主人公が、雑魚キャラをなぎ倒していくイメージ。
そして、それが全身に伝わって同じ動きができるようになっていた。
あれだけ固かった自分の身体がしなやかなに動く。
今までハイキックなんてやったこともなかったのに、自分よりも背の高い相手の顔面に足を当てられる。
面白いように攻撃がヒットする。
前にサイコキャンディをキメたときは、空でも飛べる気分になったけど、その気になればできるかもと思わせる全能感があたしを満たしている。
だけど、そんな楽しい時間はすぐに終わってしまった。
それは、飛び掛ってきた奴を数人叩きのめすと、奴らの動きが止まったからだ。
連中は腕力でもあたしには敵わないと思うと、腰を地面につけたままもう立ち上がって来なくなった。
まだ音楽は鳴り続けているのに……。
もっと踊っていたいのに……。
これから結花のような妖艶で可愛いダンスを披露するはずだったのに……。
結花がターンテーブルで流す曲に合わせた振り付けを完璧に再現するはずだったのに……。
地面に這いつくばって逃げようとする女を、別の女が我先にと引っ張って逃げようとしている。
その姿は浅ましいし、見苦しい。
まるで芥川龍之介の『蜘蛛の糸』に出てくる地獄のようだった。
そういえばあの作品の元ネタは、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』だっけ?
いや、それとも『因果の小車』だったっけ?
まあ、いいか。
その引っ張られた女の着ていた制服の上着から何かが落ちた。
気になったあたしはそれを拾ってみると、それは小さなビニール袋に入ったオレンジ色にグラデーションカラーの飴玉――サイコキャンディだった。
前に結花に言っていたのだけれど、数年前に日本でレゲエが流行り始めてからレゲエ好きはガンジャ(マリファナや大麻とも言っていた)をやることで、本格派の仲間になると思い込んでいる人間が相当数いたらしい。
彼女からすれば、「草を吸ってイキっているなんて草生える」と親父ギャグを言ってバカにしていたけど(マリファナなどのナチュラル系ドラッグで悪ぶっているのはカッコ悪いことらしい)。
その後に、ダンスホール·レゲエなどのクラブカルチャーとリンクしていって、パーティードラッグがガンジャからMDMAことエクスタシーに変わっていったと言っていた。
さらにその後、もっと簡単に手に入るようになる脱法ドラッグ――危険ドラッグに変わっていき、粗悪な薬で頭をやられていった人間が増えたのだそうだ。
どうせこいつらは、イキって悪ぶって、サイコキャンディを手に入れたのだろう。
一人では手は出さないくせに、集団になると気が強くなるような連中だ。
どうせ空気を読んでとかノリで手に入れて、結局ビビッて使わずにいたに決まっている。
安全地帯から言いたい放題やりたい放題のクズが。
やる度胸もないくせに悪ぶってんじゃねえよ。
あたしは、逃げようと引っ張り合っている女たちに、これをどこで手に入れたのかを訊いた。
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