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22 grain candy
「なんでこんな薬物を持ち歩いているのか、言え」
自分でも怖いくらい声が出る。
休み時間に教室にいたくなくて、誰もいない別棟のトイレに隠れていたあたしはもういない。
今なら人前で好きな曲だって歌える。
大声で同性愛者だと言える。
あたしは普通じゃないと喜んで叫べる。
そんな自信満々のあたしを見たせいか、それとも観念したのか、それかビビッて動けないのか分からなけど、女たちは逃げるのをやめた。
あたしは女たちに近づいて行く。
分かる……自分でも今自然と笑顔になっているのが分かる。
「じゃあ、言ってみようか。じゃないと今すぐ殺すよ。はい3、2、1――」
「あぁ~! た、たた頼まれたんですッ!」
女の一人が慌てて言った。
今のあたしは、間違いなくこの場を支配している。
体中の神経すべてが喜んでいるのが分かる。
それは、別にいじめていた連中に仕返しができたからじゃない。
今のあたしは完全にロックスターDJ――黒崎結花だ。
たとえそれがコピーでもモノマネでも、気持ちよくってしょうがない。
冴え渡る頭で考える。
普通だったら自分のことをいじめていた人間の名前と顔は忘れないものだと思うけど、あたしはこいつらの名前も顔もろくすっぽ覚えていなかった。
すべての扉が開いた脳みそでいくら思い出そうとしても、教室で見たことあったくらいの記憶しか出てこない。
こいつらってよく見るとこんな顔をしていたんだな。
前のあたしから見たら、なんかオーラを発しているような感じだったのに。
まるで別人のように人が違っている。
要するにあたしにとってこんな連中は、道に転がっているデカい石コロと何も変わらない存在だったんだ。
女たちは光鷹とかいう先輩にサイコキャンディを渡されて、しばらく隠し持っているようにと命令されたと話し始めた。
そのことを誰にも相談できずに、家にも置いておけず、怖くてずっと持ち歩いていたそうだ。
あたしは、その光鷹とかいう先輩が、結花からサイコキャンディを盗んだ奴ではないかと考えた。
それから女たちにそいつの居場所を訊くと、「殺されちゃうよ」とか細い声で呟き始める。
あたしは口角を上げてニッコリと微笑んで返す。
「言わないの? じゃあ今すぐ殺す。はい3、2、1――」
「あぁ~! 言いますッ!! 言います言います言いますぅ!!!」
女たちが声を揃えて、まるでデビューしたての新人アイドルみたいにユニゾンで言った。
それから光鷹とかいう奴の居場所を聞き、連中が持っていたサイコキャンディを奪うと、女たちが「先輩には言わないで」と泣きそうな顔で悲願してきた。
周りで腰を抜かしている男たちは「ヤバい……ヤバいよ。殺されるよ……」と両手で頭を抱えて俯き始めていた。
こいつらはなんてバカなのだろう。
先輩が怖いというだけで、事実お前らは犯罪に手を染めているというのが分からないのだろうか。
そういう悪しき縦社会とは無縁だったあたしには、理解できない考えだ。
いや、あたしがクラス内でイジメられていたのと同じなのか。
自分よりも力のある人間の言われるがままになっているだけだったのか。
そう思うと、こいつらが酷くみじめに見える。
学校で底辺だったあたしと大差ないじゃん、こいつらも。
スクールカースト最高位だろうがなんだろうが、大勢の人間が集まると上下関係が生まれ、そこのルールやシステムに組み込まれる。
あたしも自分では入ったつもりはないけれど、いつの間にか入れられていたんだ。
人間はどうもピラミッドのみたいな構造が好きみたいだ。
それは、格差や階級別にするほうが、何かと都合がいいからだろう。
だけど、あの人……結花は違う。
誰よりも自由に、自分の好きなことをする。
組み込まれたら、そいつをぶっ壊す。
ロックスターを地でいく女性だ。
あたしは、もう一度あの人に会いたい。
ずっと一緒にいたい。
たとえ死んだって構わない。
こんな屑ばかりの連中が、大勢いる世界なんかで長生きなんかしたくない。
あたしは飛ぶ。
このくだらない世界をグラデーションカラーで染めて飛んでやる。
そして結花のところまで行くんだ。
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