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23 grain candy
あたしは夜の街を一人歩く。
以前と同じ景色のはずなのに、全く違って見える。
すべてがカラフルでサイケデリックで、まるで生まれ変わったあたしを祝福しているみたいだった。
自然と笑顔が出る。
生まれて初めてスキップをしてしまう。
体が弾む。
心が躍動する。
喜びの気持ちが止まらない。
クラスメイト連中から聞いた場所へ向かうあたしの足取りは、まさに軽やかそのものだ。
このまま背中から羽が生えて空も飛べそうだ。
そんなあたしを、何かおかしいものでも見るかのような視線を注いでいる奴らがいるけど。
どうでもいい、全く気にならん。
せいぜい変な奴がいるなと思っていればいい。
そして、ゴキゲンなあたしは目的地に到着した。
そこは大きなラヴホテルが建っていた。
光鷹とかいうクラスメイトの先輩は、よくここで仲間を集めて、小さなドラックパーティーのようなものを開いているらしい。
というか、ラヴホってどんだけ使い勝手がいいんだよ。
犯罪の温床になっているじゃねえかと、結構なボリュームで独り言を言った。
声が出る。
大きな声が口から出せる。
そんなあたしを見た通りすがりのカップルが、露骨に嫌な顔をしていた。
ムカついたけど、まあいい。
あたしはあの人に……結花に辿り着ければそれでいい。
中に入った。
前に数馬さんと行った、アジアンテイストのホテルのような受付はない。
あたしは少しがっかりした。
あのお互いの顔が見えにくい造りになっている受付で、鍵の受け渡しをしたり支払いをするというのは、何か後ろめたい感じがしていて面白いかったからだ。
どうも、このホテルの支払い方法は、部屋にある自動精算機で行われているようだった。
光鷹がいると聞いていた部屋は、最上階にあった。
VIPルームとかいうやつだ。
前にも思ったけど、ラヴホテルのパーティールームって、やっぱり複数のプレイを目的にしたものだとしか思えない。
あたしがノーマルというのもあるのだろうけど、正直、そんな変態プレイに興味は持てない。
そういうことは好きな人との秘め事として、二人っきりでやるべきではないだろうかと思う。
あたしなら彼女……結花と……。
エレベーターで最上階に着くまで、そんな清純な乙女みたいなことを考えていた。
そして部屋の前に到着。
部屋の扉は西洋風のゴシックっぽいものだった。
前のアジアンテイストのホテルもそうだったけど。
やっぱりここが日本だということで、非日常感を出すために手っ取り早い方法は、外国をモチーフにすることなのかなと思った。
そのわりに、横についているインターホンやセキュリティーカードのスロットなどを見ると、そんな雰囲気もぶち壊しになる気がするのだけど。
手ぬるいというか、詰めが甘いというか、まあどうでもいい。
あたしは何度もインターホンを鳴らし、ゴシックっぽい扉をガンガン蹴り始める。
ドラックパーティーをやっているんだから、これぐらいしないと気がつかない可能性があると思ったからだ。
しばらくして応答があった。
不機嫌そうな声がインターホンから聞こえる。
「誰だよ? どこで聞いたかは知らねえけど、今日のパーティーは身内オンリーだ」
声の主はそれからも「悪いが帰ってくれ」と続けた。
あたしは何が「身内オンリー」だ、「身内だけ」って言えよ、英語を使ってんじゃねえよ、と思いながら笑う。
英語混じりの日本語を使っていいのは、この世界で黒崎結花ただ一人だけなんだよ。
てめえみてえなクズがそんな言い回しをしてんじゃねえ。
「あたしだよ。早く中に入れろ」
そう言ったあたしに迷いはなかった。
返答としてはおかしいことは分かっている。
だけど、あたしはあたしだ。
誰だと聞かれたら、そう答える以外にない。
「……もしかして黒崎か、なんだよ急に」
「いいから、開けろ」
声の主は何を勘違いしたのか、あたしのことを結花と間違えているようだった。
自分でも気がついていなかったけど、あたしは仕草や言い回しだけでなく、無意識の内に彼女の声マネまでしていたのかと、今さらながら恥ずかしくなる。
本当に今さらだけど。
それからゴシックっぽい作りの扉がゆっくりと開いた。
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