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24 grain candy
扉が開くと同時に、音楽が溢れ流れてくる。
外からは全く聴こえなかったから、このホテルの防音設備は大したものだと感心していた。
ゴシックっぽい扉の内側には、ナイトクラブの扉と同じように吸音材が貼ってあって、妙に納得できた。
そりゃ、激しい変態プレイの声が部屋の外へ漏れちゃまずいもんね。
中から聴こえてきたのは、ポップなダンスミュージック――。
おそらく誰もが聴いたことあるような流行歌だと思われる。
正直、あたしは何となくでしか音楽を聴いてこなかった人間なので、アーティスト名なんてパッと出てこない。
たしか、カラフルな服装で……いや違ったか? ギラギラした格好をした男性たちが複数で踊っているグループだった気がするけど、まあどうでもいい。
あたしはさっき言った通り、音楽にはさほど興味がなかったので、自分の好みなんてものも把握していなかったけれど。
結花から色々と教えてもらっている内に、自分が好きなのはマッシブ·アタックやポーティスヘッドなどのダウナー音楽なのだと気がついた。
それらのアーティストのことを彼女――結花から詳し訊いた。
イギリスのブリストルが発祥地のトリップ·ホップと言われるジャンルらしい。
ヒップホップから影響を受けて発展した音楽なのだそうだが、あたしの中のヒップホップというとダボダボのジャージを着て、やたら金ピカのアクセサリーを付けた太った男が、「YO YO」と偉そうに喋っているイメージなんだけれど。
それは一般的なイメージでしかないのだろう。
だから、太っていて上下ダボダボの服を着ている人間がいれば、なんだってラッパーだと思ってしまう。
オーバサイズのTシャツからはみ出した両腕に、無造作なタトゥーが入った、痩せた短髪の男が見える。
あたしはその男のズボンを確認した。
ダボダボのジャージ――。
こいつは痩せているがラッパーだ。
さて、このラッパーが光鷹なのか。
「あん? 誰だよお前? 黒崎じゃねえじゃねえか」
「ねえじゃねえか、ねえじゃねえか」
あたしはラッパーの言葉を繰り返した。
意味はない。
ただこいつが面白い言い方をしたので、マネをしてみた。
ラッパーは怪訝そうな顔をして言う。
「お前……完璧にキマっちまってんな。まあいい。中に入れよ」
どうやらラッパーはあたしのことを薬物中毒者だと思ったらしく、部屋の中に入れてくれた。
開いてグルグル回転している脳みそで考えるに、あたしのことを、どこかでこのパーティーの場所を聞いたお客さんだと思っているのだろう。
いくつか言葉を交わした印象――。
このラッパーは、なんだかおかしな責任感がある奴に感じられる。
前にネットかなにかで、薬の売人は自分でもドラッグをやっている人間が多いと聞いたことがあるけど、こいつはキメてないかな?
いや、やっぱりシラフというわけでもなさそう。
足元を見ると、フラフラと不安定に動いていた。
部屋の中は、パッと見で学校の教室くらいの広さ。
所々にLEDの照明が薄暗く光っていて、そこに見える大きな円形のソファには何人かが力なく倒れていた。
下着姿の女――体型からして熟女。
反対にちゃんと服を着ていて、天井をボーっと見ているあたしよりも若そうな女。
素っ裸でだらしない腹を見せているトドのような男。
グッタリしている女にのしかかって、一心不乱に腰を動かしてる男。
部屋の奥は暗すぎて見えないが、流行歌が流れる中、女の喘ぎ声が聞こえてくる。
「あんたが光鷹って人?」
あたしが訊くとラッパーは、頷きながらウイスキーの瓶をラッパ飲みしている。
ラッパーがラッパ飲み。
あたしがそんなことを思いながらヘラヘラしていると、ラッパーは答える。
「ああ、俺が光鷹だけどよ。つーかお前誰? 俺の顔も知らねえで来たのかよ」
「来たのかよ、来たのかよ」
あたしはまたラッパーの言ったことを繰り返してみた。
やってみると分かるが、想像以上に面白い。
人をおちょくるのがこんなに楽しいとは、あたしは今の今まで知らなかった。
そんなことより、やはりこいつが光鷹だった。
光鷹はあたしの顔を呆れながら見ている。
おそらく変な客の扱いには慣れているのだろう。
呆れながらも怒っている感じはない。
それから光鷹は、自分の鞄から大量とドラックを出した。
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