3 grain candy

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3 grain candy

タクシーでの移動中――。 結花とあたしの姿をチラッと見た運転手が声をかけてきた。 お嬢さんたちはロックとかやってる人なの? ああ! バンドだね。 バンドやってる人なんでしょ? ――と、気さくな感じで。 あたしは何を答えていいかわからず、結花のほうを見ると――。 「てめぇの小さい小さい物差しであたしらのことを計ってんじゃね! それより前見て運転しろ!」 結花はそう怒鳴り上げると、運転席を蹴り飛ばした。 それからはもうタクシー内で運転手が話をすることはなかった。 ビクビクしてしまっていたあたしは、窓の外の景色を見て始めた。 そういえばタクシーに乗るのなんて生まれて初めてだ。 そのせいなのか、なんだか夜の街の明かりがスゴく綺麗に見えた。 それから、六本木のパブリック·イメージ·デッドというナイトクラブに着いた。 中に入ると受付の黒人が、あたしたちを見て陽気(ようき)に手を()っている。 結花は、適当(てきとう)に手を振り返して英語で何か話をしていた。 ……単純にすごいと思った。 あたしとそう(とし)も変わらなそうなのに……。 まるで学校で同級生にでも会ったかのような気安(きやす)さで、外国人と話している。 それから店の奥にある重たそうなドアを開けて進んでいく。 あたしは(こわ)かったので、()り付くように彼女の後をついて行った。 そこは大勢の人が(おど)っていて、大音量の音楽が(あざ)やかな照明(しょうめい)と共に流れていた。 よく見ると、その中に白人や黒人も()じっている。 日本人は女性しか見当たらないけど、外国人のほうは同じ男女比率(だんじょひりつ)だ。 ここはダンスフロアと呼ばれるところらしい。 初めてクラブに来たあたしから見ると、面積(めんせき)の広いバーという感じだった。 大音量で流れている音楽は、ダブと呼ばれるレゲエから派生(はせい)したジャンルらしい。 レゲエと聞くと湘南乃風が出てくるけど、流れている曲はあたしがまったく聴いたことない音楽だった。 そして恐々(こわごわ)と結花の後をついて行くと、あたしたちに声がかけられた。 「おう結花、(おそ)いぞ。何やってたんだよ」 そこにはガラの悪そうな男が女連れで立っていた。 どうも口ぶりからして結花の知り合いみたいだ。 「ああ、来るつもりはなかったんだけどな。ほら、荷物持ちが見つかったから気が変わったんだよ」 結花は、そう言って(にぎ)り込んだ(こぶし)の親指を立ててあたしに向ける。 それから二人のことを紹介してくれた。 男のほうが川島といい、女のほうはアイと名乗(なの)った。 あたしのことは、結花がルナとだけ紹介した。 それよりも荷物持ちって……。 彼女はそれが理由であたしを連れて来たのか。 なんだかうまく言えないけど、しょんぼりしてしまう。 「おい、川島。アンプは用意(ようい)してくれたか」 「ああ、マーシャルってやつでいいんだろ。ブースの側に置いてあんよ」 川島の言葉を聞いた結花は、にんまりと笑ってDJブースへと向かった。 あたしの手を引いたまま。 そして、DJブースに到着(とうちゃく)。 結花はそこでDJをやっていた白人に声をかけると、その男は「Yeah~!」と言って二台あるターンテーブルの一つを彼女のためにあけた。 「ルナ、ケースからリッケン出してくれ」 あたしは言われるがまま、ケースの中のものを出した。 それはやっぱりギターだった。 なんでもリッケンバッカー620というモデルらしい。 なんと言ってもそのルックス――ボディ前面に(ほどこ)された鮮やかな彫刻(ちょうこく)に目がいった。 訊くと、その彫刻は「オークの葉」をモチーフにしていると言う。 元は白と黒のシンプルなデザインだったらしいが、結花の好きなアーティストと同じ装飾(そうしょく)を、わざわざオーダーしたらしい。 ギターを出すと、結花はさっき川島が言っていたマーシャルとかいうスピーカーに、コードを差し込んでリッケンバッカーを(つな)いだ。 それからキャリーカートに()んであったバックから大量のレコードを出して始める。 「どれでいくかな~。今はドン·レッツのミックスかかってんし。いきなりエース·オブ·スペードはおかしいしな~」 (うれ)しそうにレコードを見ている結花。 あたしはそれを(だま)って見ていた。 それから結花は、白人とハイタッチして曲が切り()わる。 地を()うようなドラムとパーカッションのビートに、()めるような(あや)しい弦楽器の音が聞こえ始めた。 ダンスフロアから歓声があがる。 どうやらこの曲を知っている人が多いようだった。 あとで聞いたけど、この曲はプライマル·スクリームのSlip Inside This Houseという曲らしい。 気怠(けだる)いボーカルの歌が、フロアにいるゆったりと動く人たちを(あやつ)っているように見える。 結花は首にしていたヘッドフォンを付けて、笑みを()かべながらゆったりとフロアの人たちと同じように()れている。 それはまるで、宗教か――いや、どこかの国の部族の儀式(ぎしき)みたいだった。 ゆったりとした音楽が何曲か続く中――。 突然結花がDJブースから飛び出して、フロアの人たちが見えるところへと出た。 これも後で聞いたのだけれど、結花は前の彼氏にギターを教えてもらってから、必ずDJとして曲をかけながらギターを弾くようになったそうだ。 曲はミューズというバンドのSupermassive Black Holeというもので、重たいベースとドラムにギターが(から)む音。 ミドルテンポなので、ヘヴィーなサウンドでもフロアの人たちの動きは変わらずゆったりしたものだった。 曲が進み、結花のギターソロになるとフロアの人たちがさらに()り上がる。 その光景(こうけい)を見たあたしは、ロックスターが地獄(じごく)のような現実から自分のことを連れ出してくれたんだと思った。
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