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4 grain candy
結花にナイトクラブへ連れて行かれたあたしは、生まれて初めて徹夜というものをした。
オールとかいうやつだ。
一晩中大音量の音楽と煌びやかな照明を浴び続けて、頭の中がどうにかなってしまいそうだった。
「おいおい。若いのにもうフラフラかよ」
結花が冷たいミネラルウォーターをあたしの頬に当てて、いたずらっ子のような笑みを浮べている。
あんなおっかない彼女だったけど、その笑顔はとても可愛らしかった。
それから朝方に、六本木のナイトクラブ――パブリック·イメージ·デッドから出たあたしと結花は、店で出会った川島というガラの悪い男とアイという女二人と別れる。
外はもう明るくなっていて、目がチカチカし、耳がなんだか変な感じだ。
でも、あんな体験は初めてだった。
楽しかったとか、感動したとかとは、ちょっと違う。
生まれて初めて感じる感情だった。
その後にタクシーを捕まえ、新宿にある結花の輸入雑貨店へ。
移動中――今度のタクシー運転手は前の人とは違い、何も話をしてこなかった。
あたしはぼんやりした頭で、運転手にも人によって仕事の仕方が違うのだなと思った。
「ああ~腹減った~。あんた、腹は減ったか? お口に合うかはわからんけど、簡単なものなら作ってやるよ」
店へ向かう車内で彼女はあたしにそう言った。
眠たかったのもあったけど、なんだか異世界に連れて行かれた状態のあたしは、心ここにあらずのまま頷く。
そして店へと到着。
昨日の夜は気にしなかったけど、入る前に店の看板を見ると、『A Kiss in the Dreamhouse』と書いてあった。
この輸入雑貨店の店名かと訊いてみたら、結花のライフスタイルに影響を与えたバンドのアルバムから取った名前だそうだ。
結花はそのバンドのボーカル――スージー·スーのことを「彼女は女神なんだ、あたしも少しは近づきたいもんだね」と、嬉しそうに言う。
こんな中二病な発言も、彼女の口から発せられると、まるで映画の台詞みたいだった。
憧れている人か……。
あたしにそんな人っていったっけ?
今度スージー·スーのことをネットで調べてみよう。
それから荷物を適当に店内に置いて、奥へと行くと人が生活する住居があった。
「さて、まずはシャワー浴びて風呂だな。なあ、ルナも入るだろ?」
結花はそう言うと、突然その場で服を脱ぎだし、あっという間に裸になった。
眠気でぼんやりしていたあたしだったが、その突然の彼女の行為を見て目が冴えてしまう。
そして、動揺していると結花が、あたしの服を器用に脱がせて、そのまま浴室へと連れて行かれる。
結花が煙草に火をつけながら、湯船にお湯を溜める。
その間にシャワーを使うように言われたあたしは、ヘッドから出る湯をボーと頭から浴びた。
煙草の匂いは聞いていたよりは臭くなかった。
いや、それはあたしが結花のことを好意的に思っているせいからかもしれない。
結花は煙草を吸い終わると、浴室にあった灰皿に吸い殻を押し付けてあたしに抱きついてきた。
あたしが慌てて身を固くすると、結花はニヤッと笑った。
「そんなに緊張するなよ」と耳元で囁く結花。
彼女のオウトツのない――まるで性別のない天使のような白い体に抱きしめられ、あたしはさらに身を固くしてしまった。
それから一緒に湯船に入り、彼女はまた煙草を吸い出す。
「やっぱ二人じゃ狭いな」なんて言いながら、結花はヘラヘラと紫煙を吐き出した。
煙と湯気が浴室を埋め尽くしていく。
やはり煙草の匂いは臭くなく、急に睡魔に襲われたあたしは、その白い空間に飲み込まれていった。
そして、目が覚めるとベットの上に寝ていた。
うつらうつらと体を起こすと、そこにはテーブルの上に食事を運んでいる結花の姿があった。
どうやらあたしのことを浴室から、ここまで運んでくれたみたいだ。
こんな小さな体のどこにそんな力があるのか。
そんなことを考えていると、彼女は目が覚めたあたしに気がつくと、レコードをかけ始めた。
「目覚めには良いアルバムだ」
結花は、そう言ってザ·ストーン·ローゼスというバンドのレコードをかけた。
バスドラムから始まり、シンプルなベースラインが入ってきて、キラキラしたギターに囁くようなボーカルが聞こえる。
あたしが「うまく言えないけど、良い感じの曲だね」と言うと彼女は――。
「そいつは良かった。ストーン·ローゼスの1stを嫌いな奴は人間じゃないからな」
――と嬉しそうに微笑んだ。
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