6 grain candy

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6 grain candy

それから月に一回は、結花(ゆか)輸入雑貨(ゆにゅうざっか)店へと足を(はこ)んだ。 家でたまに母に会っても、「学校へ行け」とも「夜に出歩くな」とも言われなかった。 あたしは別に夜の町が好きなわけじゃなかったし、止められたいわけじゃなかったけどね。 ただ彼女に……結花に会いたいだけだった。 本当は……毎日でも会いたい……。 結花の顔をずっと見ていたい……。 だけど、彼女にウザったがれるのを(おそ)れて、そんなことはできなかった。 あたしが行くと、彼女はいつも店内で煙草(たばこ)()っていた。 そして店はいつもガラガラだった。 輸入雑貨店のお店なんて隙間(すきま)というかニッチというか、あまりニーズがある商売とは思えない。 店を見る(かぎ)り、当然、(もう)かってはいるようにも見えない。 結花が言うには、なんでも“パパ”がいるそうで、お金の心配はないそうだ。 この店の経営(けいえい)趣味(しゅみ)延長(えんちょう)というか、やりたいことのための予行練習(よこうれんしゅう)みたいなものらしい。 それにしてもパパとは……? まさか結花が体を売って……なんて考えたけど。 話を聞くに、どうも本当の父親のようだった。 埼玉で不動産会社の会長をやっているみたいで、お金なら(あま)るほど(あふ)れるほど持っているらしい。 ……ってことは結花はやっぱりご令嬢(れいじょう)というか、お嬢様(じょうさま)だったんだ。 あたしは以前にそう思っていたことがあったけど。 内心でアウトローなイメージがある彼女が、そんな()い立ちだったのかと聞くと(あら)めて(おどろ)いた。 それから話を聞くに、昔から彼女が(のぞ)めばなんでも買ってくれる父親だったと言う。 それと小さい(ころ)から母親はいなかったそうで、仕事で(いそが)しかった父親とは()らしてはおらず、ずっと祖母(そぼ)の家でお世話になっていたそうだ。 だから結花はおばあちゃん子だと自分で言っている。 「それでばあちゃんが死んでな……いいや、やめよう」 家族の話をしているときの結花は、少し不機嫌(ふきげん)そうだった。 何か問題があるのかもしれないけど、あたしはそこまでは(たず)ねることができなかった。 ……どこに家にも問題はあるものだよね。 というか、問題のない家庭なんてものがあるのだろうか? たとえ血は(つな)がっていても人間が二人以上一緒に生活していれば、必ず問題が出るはずだと思う。 うちだってそうだ。 あたしの家は母子家庭(ぼしかてい)だけど、母は看護師(かんごし)という(しょく)で安定した給与(きゅうよ)を手にしていた。 母はたくましい人で、国から出る補助金(ほじょきん)――ようするにもらえる金は、たとえ一円だろうが一(せん)だろうがもらっていた。 そのおかげであたしも結花ほどではないにしても、母子家庭のわりには裕福(ゆうふく)なほうだったと思う。 だけど、あたしから見ると、そのお金お金と言っている母は、なんだか(あさ)ましく見えて()ずかしかった。 それと、いい歳して夜な夜な男を(あさ)りに行ったり、朝帰りしたり、お泊まりして家に戻ってきたときに見せる(メス)の顔をした母を見てられなかった。 ……いや、ちがう。 本当はもっと(かま)ってほしかったんだ。 あたしに関心(かんしん)のない母に、()り向いてほしかったんだ。 だから、母がすることすべてに文句(もんく)をつけたくなってしまうんだ。 きっとあたしと母の関係が良好(りょうこう)だったのなら、あの人の色恋沙汰(いろこいざた)なんかも笑って話せていた気がする。 よく聞く姉妹みたいな親子ってやつのように。 「なんだよ。急にシケた顔して」 いつの()にか態度(たいど)に出ていたのか、元気がないあたしに結花が声をかけてきた。 心配してくれている……。 気にかけてくれている……。 それだけのことなのに……。 話し相手の元気がなかったらそういう(ふう)に言うなんて当たり前のことなのに……。 すごく……(うれ)しい……。 あたしは何でもないと笑みを()かべて、雑談(ざつだん)に話を(もど)した。 あれからナイトクラブには行っていないけど、訊いてみたらDJは(さそ)われないとやらないみたいで、自分から率先(そっせん)して売り込んだりはしてないんだそうだ。 ……もったいないな。 結花はロックスターDJなのに……。 結花ならきっと誰でも(とりこ)できるのに……。 あたしは、そんなことを思いながら結花からもらったハッカ入りクッキーを頬張(ほおば)る。 彼女は、そんなに気に入ったのなら箱でやると言ってくれた。 そのとき、カランと店の(とびら)が開く。 「遊びに来てやったぞ」 そこには、くせ毛の精悍(せいかん)な顔をした男が立っていた。
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