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7 grain candy
店の中に入ってきた男は、真っ直ぐ結花の目の前に向かって歩き出した。
くせ毛の男が近づくと、結花は怪訝な顔になる。
「何が遊びに来ただよ、ふざけたことを言ってんじゃねえぞ、数馬」
憎まれ口を叩く結花。
それから「シッシッ」と追い払う様に手を振った。
まるで野良猫や野良犬を追い払うかのようだ。
このくせ毛の人って結花にとってそんな男なのかな?
――なんて、そんなことを考えてしまっていた。
数馬と呼ばれたくせ毛の男は、そんな彼女の態度など気にせずに話を始める。
こないだ結花が三人の男を刃物で刺したことを――。
数馬と呼ばれた男は、どうやってそのことを知ったのかはあたしには分からないけど。
どうも結花が刺した理由も知っていそうな口ぶりだった。
「あまり派手なことはするなよ。モモ叔父さんが泣くぞ」
数馬と呼ばれた男は、そう言うとあたしのほうを見た。
年齢は三十代くらいだろうか。
鋭い目つきで見られたせいで、石のように固まってしまう。
だけど、その男の表情が次第に柔らかいものへと変わっていった。
「お前は結花の友達か?」
笑みを浮かべながら、数馬と呼ばれた男は話を続けた。
今まで結花の周りには、コバンザメみたいな人間か、年上の恋人くらいしかいなかったみたいで、年下の――しかもあたしのようなタイプは初めて見たと言っている。
……コバンザメ。
たしか権力がある人間の威を借りて、利益を得る人間のことを指す言葉だったっけ?
こないだ六本木のナイトクラブ――パブリック·イメージ·デッドで会った川島という男とアイという女がそうなのかな?
あたしが首を傾げて考えていると、くせ毛の男が言う。
「まあなんにしても、結花には手を焼くだろうが、よろしく頼むよ」
そして男は、最初に入ってきたときと同じようなことを結花に言って、すぐに店から出て行った。
数馬と呼ばれた男と結花はどういう関係なのだろう。
元彼とか?
それともクラブで知り合った人かな?
あたしは思い切って訊いてみた。
「あん? あれはあたしの従妹だよ」
それを聞いたあたしは、すぐに納得できた。
さっきの数馬と呼ばれた男の結花に対する態度は、妹を心配する兄のようなものに感じられたからだ。
埼玉で不動産会社を経営している結花の父親――。
その兄弟の息子さんみたいで、彼女が小さい頃からよく知っている人物なんだそうだ。
……よろしく頼むか。
そんなこと初めて言われたなぁ。
数馬の……いや、数馬さんの精悍な顔を思い出しながら、あたしがぼんやりしていると――。
「おい、ルナ。あいつとはあまり喋るなよ」
結花が不機嫌そうに言った。
そしてハッカ入りのクッキーを手で掴んで、ボリボリと頬張りながら話を続けた。
彼女が言うに、数馬さんは鎌倉の田舎ヤクザなのだそうで、色々あって結花の父親――埼玉にある不動産会社のことを憎んでいるらしい。
あたしには、あの人がそんなことを考えているようには見えなかった。
数馬さんは結花の父親のことは嫌いかもしれないけど。
少なくとも彼女のことは好きに見えたからだ。
それに、とても暴力団員には見えない、爽やかな感じの人だったし。
ヤクザというよりは、休日に仲間を集めてバーベキューでもやっていそうなリア充な人に感じられたけど……。
だけど、あたしの大したことのない人生経験や鑑識眼じゃ、会ったばかりの人を、どんな人間なのかなんて見極めることはできないか……。
あっ! でも友達が多そうな人に見えたな。
誰とでも仲良くなりそうなそんな感じの人だった。
こんなあたしにさえ笑顔を向けてくれるような……。
あたしとは正反対人だ……。
そんなことを考えていると、また店の扉が開いた。
次は川島……いや、川島さんだ。
今日はアイさんを連れていない。
「おい結花、ヤバいことになってんぞ」
川島さんは、あたしがいることに気がついていない様子で話を続ける。
「盗まれたサイコキャンディがまだ出回っている」
それを聞いた結花が、顔を強張らせて自分の親指の爪を噛んだ。
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