7 grain candy

1/1
前へ
/40ページ
次へ

7 grain candy

店の中に入ってきた男は、真っ直ぐ結花(ゆか)の目の前に向かって歩き出した。 くせ毛の男が近づくと、結花は怪訝(けげん)な顔になる。 「何が遊びに来ただよ、ふざけたことを言ってんじゃねえぞ、数馬(かずま)(にく)まれ口を(たた)く結花。 それから「シッシッ」と追い(はら)う様に手を()った。 まるで野良猫や野良犬を追い払うかのようだ。 このくせ毛の人って結花にとってそんな男なのかな? ――なんて、そんなことを考えてしまっていた。 数馬と呼ばれたくせ毛の男は、そんな彼女の態度(たいど)など気にせずに話を始める。 こないだ結花が三人の男を刃物で()したことを――。 数馬と呼ばれた男は、どうやってそのことを知ったのかはあたしには分からないけど。 どうも結花が刺した理由も知っていそうな口ぶりだった。 「あまり派手(はで)なことはするなよ。モモ叔父(おじ)さんが泣くぞ」 数馬と呼ばれた男は、そう言うとあたしのほうを見た。 年齢(ねんれい)は三十代くらいだろうか。 (するど)い目つきで見られたせいで、石のように(かた)まってしまう。 だけど、その男の表情が次第(しだい)(やわ)らかいものへと変わっていった。 「お前は結花の友達か?」 笑みを()かべながら、数馬と呼ばれた男は話を続けた。 今まで結花の周りには、コバンザメみたいな人間か、年上の恋人くらいしかいなかったみたいで、年下の――しかもあたしのようなタイプは初めて見たと言っている。 ……コバンザメ。 たしか権力がある人間の()を借りて、利益を()る人間のことを()す言葉だったっけ? こないだ六本木のナイトクラブ――パブリック·イメージ·デッドで会った川島という男とアイという女がそうなのかな? あたしが首を(かし)げて考えていると、くせ毛の男が言う。 「まあなんにしても、結花(こいつ)には手を()くだろうが、よろしく(たの)むよ」 そして男は、最初に入ってきたときと同じようなことを結花に言って、すぐに店から出て行った。 数馬と呼ばれた男と結花はどういう関係なのだろう。 元彼とか? それともクラブで知り合った人かな? あたしは思い切って訊いてみた。 「あん? あれはあたしの従妹(いとこ)だよ」 それを聞いたあたしは、すぐに納得(なっとく)できた。 さっきの数馬と呼ばれた男の結花に対する態度は、妹を心配する兄のようなものに感じられたからだ。 埼玉で不動産会社を経営(けいえい)している結花の父親――。 その兄弟の息子さんみたいで、彼女が小さい頃からよく知っている人物なんだそうだ。 ……よろしく頼むか。 そんなこと初めて言われたなぁ。 数馬の……いや、数馬さんの精悍(せいかん)な顔を思い出しながら、あたしがぼんやりしていると――。 「おい、ルナ。あいつとはあまり(しゃべ)るなよ」 結花が不機嫌そうに言った。 そしてハッカ入りのクッキーを手で(つか)んで、ボリボリと頬張(ほおば)りながら話を続けた。 彼女が言うに、数馬さんは鎌倉の田舎(いなか)ヤクザなのだそうで、色々あって結花の父親――埼玉にある不動産会社のことを(にく)んでいるらしい。 あたしには、あの人がそんなことを考えているようには見えなかった。 数馬さんは結花の父親のことは(きら)いかもしれないけど。 少なくとも彼女のことは好きに見えたからだ。 それに、とても暴力団員には見えない、(さわ)やかな感じの人だったし。 ヤクザというよりは、休日に仲間を集めてバーベキューでもやっていそうなリア(じゅう)な人に感じられたけど……。 だけど、あたしの大したことのない人生経験や鑑識眼(かんしきがん)じゃ、会ったばかりの人を、どんな人間なのかなんて見極(みきわ)めることはできないか……。 あっ! でも友達が多そうな人に見えたな。 誰とでも仲良くなりそうなそんな感じの人だった。 こんなあたしにさえ笑顔を向けてくれるような……。 あたしとは正反対人だ……。 そんなことを考えていると、また店の(とびら)が開いた。 次は川島……いや、川島さんだ。 今日はアイさんを連れていない。 「おい結花、ヤバいことになってんぞ」 川島さんは、あたしがいることに気がついていない様子で話を続ける。 「(ぬす)まれたサイコキャンディがまだ出回っている」 それを聞いた結花が、顔を強張(こわば)らせて自分の親指の(つめ)()んだ。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加