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8 grain candy
川島さんは話を続けようとすると、結花は「Hey Stop!」と手を出して、あたしに席を外すように言った。
アクセントやイントネーションが本物の外国人みたいで、つい英語が出てしまっているのが分かる。
まるで海外のドラマや映画みたいだった。
多分だけど、結花は日本にいながらも英語で話していることのほうが多いのだろうと思った。
言われた川島さんが、ハリウッド映画に出てくるマヌケな脇役みたいに両手を口に当てているのが面白い。
この人もこの人で結花といるせいなのか、日本人離れした雰囲気の人だ。
あたしは素直に結花に従い、店の外に出る。
……盗まれたとか言っていたけど、一体何なんだろう。
きっとあたしが聞いちゃいけない危ないことなんだろうな。
そういえばサイコキャンディって、なにかのスラング?
サイコって、たしか精神とか霊魂とかそんな意味だったよね。
キャンディは飴……。
精神の飴?
あたしが店の外でそんなことを考えていると、中から慌てた様子の結花が出てきて、これから店を閉めて出かけるので帰るように言われた。
またも素直に頷いたあたしは、店にあった自分のトートバッグを取りに戻るために中に入る。
トートバッグの側には、四角いプレーン缶の小箱があった。
さっき話していたけど、おみやげ用にハッカ入りクッキーを箱に詰めてくれたのかな。
「お~い、早くしなよ。こっちは急いでいるんだ」
急かしてくる結花。
慌てたあたしは、その小箱がハッカ入りクッキーが入ったものだと思い、それをトートバックに入れて店を出た。
「悪いね、この埋め合わせは必ずするから」
あたしは首を横に振って「気にしなくていいよ」と言い、そのまま自宅へと帰っていった。
本当はもっと結花と居たかったけどね。
わがままは言えない。
きっと嫌われちゃうから。
それから自分の部屋の戻ってから、パソコンをつけてmp3プレイヤーを開く。
そしてマッシヴ·アタックのアルバム『100th Window』を一曲目からかけた。
結花が一人のときに聴くのに良いと言っていた音楽だ。
暗く陰鬱なサウンドがあたしのベットルームを埋め尽くしていく。
明るさや暖かさとは対極にある音楽だ。
音楽とは人を元気にするもの。
辛いときに応援してくれるもの。
優しく包み込んでくれるもの。
みんなと一つになって笑顔にしてくれるもの。
あたしの知っている音楽はそういうものだった。
……というか、そういうものだと思っていた。
そんなあたしの思い込みを壊してくれたのが、このアルバムだ。
最近はこれしか聴いていない。
そしてベットに倒れる。
眠くもないのに横になる。
静かになると途端に体が震え始めた。
あのときの……。
丸坊主にされ、プラカードを持たされて、車に引きずり込まれたときの記憶がよみがえってくる。
どうしようもないのだけれど、スマートフォンで撮られた動画や写真もインターネットで流されたりしているかと思うと、気が狂いそうになる。
……ダメだ。
結花と会っているときは大丈夫なのに……。
ガタガタと震えているあたしは、トートバッグを取って、結花からもらった四角いプレーン缶の小箱を出した。
ハッカ入りクッキーを食べて、少しでも彼女と一緒にいた時間を味わおうとした。
プレーン缶の小箱を開けてみると、中にクッキーは入っていなかった。
代わりに鮮やかなオレンジのグラデーションカラーの飴玉が、透明な包装紙に包まれてギッシリと詰め込まれている。
結花が間違えたのか。
それともあたしが勘違いして持ってきてしまったのか。
ともかくあたしは、その鮮やかなオレンジのグラデーションカラーの飴玉を口に放り込んだ。
飴玉が舌の上で溶けていく。
甘いというよりは、なにか薬みたいな変な味だった。
その瞬間――。
目の前が次第にオレンジ色に変わっていった。
まるで道路トンネルの中にいるみたいだ。
「な、なにこれ……?」
あたしは立ち上がって部屋の中を見回した。
鏡に映る自分の髪が紫色になっていて、さらに目の色は透き通った緑色に変化している。
そのあたしの姿は、オレンジ色のこの部屋をさらに鮮やかにしていた。
よく服の柄とかのことを言うサイケデリックってやつ?
全身から、いやこれは頭の中からか。
内部にあるすべての扉が開いていく、そんな感覚だ。
……なんにでもなれる……なんだろうこの全能感は?
あたしにはもちろん羽はないけど、その気になれば窓から飛び立って、空へ舞い上がれる気がしていた。
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