8 grain candy

1/1
前へ
/40ページ
次へ

8 grain candy

川島さんは話を続けようとすると、結花は「Hey Stop!」と手を出して、あたしに(せき)(はず)すように言った。 アクセントやイントネーションが本物の外国人みたいで、つい英語が出てしまっているのが分かる。 まるで海外のドラマや映画みたいだった。 多分(たぶん)だけど、結花は日本にいながらも英語で話していることのほうが多いのだろうと思った。 言われた川島さんが、ハリウッド映画に出てくるマヌケな脇役(わきやく)みたいに両手を口に当てているのが面白(おもしろ)い。 この人もこの人で結花といるせいなのか、日本人(ばな)れした雰囲気(ふんいき)の人だ。 あたしは素直(すなお)に結花に(したが)い、店の外に出る。 ……(ぬす)まれたとか言っていたけど、一体何なんだろう。 きっとあたしが聞いちゃいけない(あぶ)ないことなんだろうな。 そういえばサイコキャンディって、なにかのスラング? サイコって、たしか精神(せいしん)とか霊魂(れいこん)とかそんな意味だったよね。 キャンディは(あめ)……。 精神の飴? あたしが店の外でそんなことを考えていると、中から(あわ)てた様子の結花が出てきて、これから店を閉めて出かけるので帰るように言われた。 またも素直に(うなづ)いたあたしは、店にあった自分のトートバッグを取りに(もど)るために中に入る。 トートバッグの側には、四角いプレーン(かん)の小箱があった。 さっき話していたけど、おみやげ用にハッカ入りクッキーを箱に()めてくれたのかな。 「お~い、早くしなよ。こっちは急いでいるんだ」 ()かしてくる結花。 慌てたあたしは、その小箱がハッカ入りクッキーが入ったものだと思い、それをトートバックに入れて店を出た。 「悪いね、この()め合わせは(かなら)ずするから」 あたしは首を横に()って「気にしなくていいよ」と言い、そのまま自宅(じたく)へと帰っていった。 本当はもっと結花と居たかったけどね。 わがままは言えない。 きっと嫌われちゃうから。 それから自分の部屋の戻ってから、パソコンをつけてmp3プレイヤーを開く。 そしてマッシヴ·アタックのアルバム『100th Window』を一曲目からかけた。 結花が一人のときに聴くのに良いと言っていた音楽だ。 (くら)陰鬱(いんうつ)なサウンドがあたしのベットルームを()()くしていく。 明るさや(あたた)かさとは対極(たいきょく)にある音楽だ。 音楽とは人を元気にするもの。 (つら)いときに応援(おうえん)してくれるもの。 (やさ)しく(つつ)み込んでくれるもの。 みんなと一つになって笑顔にしてくれるもの。 あたしの知っている音楽はそういうものだった。 ……というか、そういうものだと思っていた。 そんなあたしの思い込みを(こわ)してくれたのが、このアルバムだ。 最近はこれしか聴いていない。 そしてベットに(たお)れる。 眠くもないのに横になる。 静かになると途端(とたん)に体が(ふる)え始めた。 あのときの……。 丸坊主にされ、プラカードを持たされて、車に引きずり込まれたときの記憶(きおく)がよみがえってくる。 どうしようもないのだけれど、スマートフォンで()られた動画や写真もインターネットで流されたりしているかと思うと、気が(くる)いそうになる。 ……ダメだ。 結花と会っているときは大丈夫なのに……。 ガタガタと震えているあたしは、トートバッグを取って、結花からもらった四角いプレーン缶の小箱を出した。 ハッカ入りクッキーを食べて、少しでも彼女と一緒にいた時間を(あじ)わおうとした。 プレーン缶の小箱を開けてみると、中にクッキーは入っていなかった。 代わりに(あざ)やかなオレンジのグラデーションカラーの飴玉が、透明(とうめい)包装紙(ほうそうし)(つつ)まれてギッシリと詰め込まれている。 結花が間違(まちが)えたのか。 それともあたしが勘違(かんちが)いして持ってきてしまったのか。 ともかくあたしは、その鮮やかなオレンジのグラデーションカラーの飴玉を口に(ほう)り込んだ。 飴玉が舌の上で()けていく。 甘いというよりは、なにか薬みたいな変な味だった。 その瞬間――。 目の前が次第(しだい)にオレンジ色に変わっていった。 まるで道路トンネルの中にいるみたいだ。 「な、なにこれ……?」 あたしは立ち上がって部屋の中を見回(みまわ)した。 (かがみ)(うつ)る自分の(かみ)(むらさき)色になっていて、さらに目の色は()き通った(みどり)色に変化している。 そのあたしの姿は、オレンジ色のこの部屋をさらに鮮やかにしていた。 よく服の柄とかのことを言うサイケデリックってやつ? 全身から、いやこれは頭の中からか。 内部にあるすべての扉が開いていく、そんな感覚(かんかく)だ。 ……なんにでもなれる……なんだろうこの全能感(ぜんのうかん)は? あたしにはもちろん(はね)はないけど、その気になれば(まど)から飛び立って、空へ()い上がれる気がしていた。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加