28人が本棚に入れています
本棚に追加
9 grain candy
なんかこう……じっとしていられない。
頭でも体でもいいから動かしたくなる。
何か……何かあるか……。
ふっとあたしは自分のレイプされた動画のことを思い出した。
ベットに横になっていたときとは違い、怒りや悲しみよりも“今のあたしならなんとかできるんじゃないか”という気持ちが湧き上がる。
できるはずもないのに、そんなことを思ってしまう。
結局自分の衝動を止められなかったあたしは、インターネットでデジタルタトゥー、ハッカー関連の電子書籍を買い漁り、自分の動画を探すため、広大なネットの海へと潜っていった。
スキンヘッド、丸坊主の女、女子高生などのキーワードから発信元を割り出し、今さっき読んだばかりの電子書籍の知識を使って、サイバー攻撃を仕掛ける。
あたしは今の今までそんなことをやったことはなかったし、パソコンのワード、エクセルもろくに使えない人間だ。
なのに、頭の中にあるすべての扉が開いている状態のあたしにはそれができた。
購入した電子書籍を一読で理解、そのおかげでパソコンの中の文字がまるでパズルを組み合わせるような感覚で扱える。
頭を使うたびに脳みそのシワが連続して刻まれていく。
おそらくすべての動画を削除した頃には、もう朝になっていた。
不眠不休でしかもご飯も食べていないのに、あたしはまったく疲れていなかった。
ことをやり終えたせいか、興奮が収まってきて、あたしは急に怖くなってきた。
もしかして、さっき口に入れた飴玉って……?
結花の店から持ってきた、四角いプレーン缶の小箱を眺める。
鮮やかなオレンジのグラデーションカラーの飴玉が、透明な包装紙に包まれてギッシリと詰め込まれている。
その間も、あたしの脳みそのシワがまた連続で刻まれていく。
……この飴玉がサイコキャンディなの……?
予測でしかないけど、川島さんが盗まれたと言っていたし、結花が慌てていたし、それにこの飴玉の力……。
こんなの誰でも欲しがるに決まってるよ。
あたし……ハッカ入りクッキーだと勘違いして持ってきちゃったんだ。
早く、早く返さないと。
あたしはスマートフォンで結花に連絡したけど、電話には出てくれず、しょうがないのでメールを送る。
だけど返信は来ない。
まだ眠っているのかもしれないと思い、サイコキャンディの詰まった小箱を抱えて、新宿の輸入雑貨店へ向かう。
電車へ乗り込み、まだ始発に近い時間だというのに人が結構多い。
水商売風の女や売れていないホストの集団が、各二~三人くらいでいた。
聞き耳を立てているつまりはないのだけど、電車内にいる人たちの会話が聞こえてくる。
それだけならいつもと同じ……だけど、いつもと違ったのは、その車両で会話している人の言葉がすべて鮮明に聞こえてくることだった。
「ああ~マジでウザくねぇ。店長殺してぇ~」
「ってかヤバイって、ヤバ過ぎ~」
「ぶっちゃけマジでイケてないよねぇ」
「とりま、それでいいんじゃねぇ」
聞きたくもない頭の悪い会話がドンドン流れ込んでくる。
新宿駅に着くまでの間、あたしは俯いて両耳を塞いでいた。
駅到着し、逃げるように電車から出たあたしは、走って結花の店へと向かう。
いつもよりも体が軽い。
周りを歩いている人も車もスローモーションのように見える。
……な、なんなのこれ?
これもサイコキャンディの力なの?
ヤバいよ、あたし……おかしくなっちゃうよ。
自分の身体が心配で、恐怖と不安が襲ってくるけど、一呼吸するだけで高揚感が溢れ出す。
できないことなんかないと思わせる。
それでもあたし場合は理性が勝った。
道の真ん中で膝をついて嘔吐する。
無理矢理身体に残っているサイコキャンディを吐き出す。
その後、しばらくその場にうずくまっていると、さっきほどの全能感は消えていった。
そして、強烈な眠気と体の怠さがやって来る。
……これは反動……なの……?
ね、眠い……。
立つのもかったるい……。
だけど……だけど、結花にサイコキャンディを返さなきゃ。
なんとか体を起こしたあたしは、フラフラとおぼつかない足取りで、結花の店へとたどり着いた。
だけど、店は閉まっていた。
「結花、あたしよルナよ! お願い開けて!」
扉を叩いて大声を絞り出す。
それでも結花は出て来てくれなかった。
あたしが店先でうなだれていると、そこに――。
「お前、何やってんだよ?」
精悍なくせ毛の男、数馬さんが現れた。
最初のコメントを投稿しよう!