9 grain candy

1/1
前へ
/40ページ
次へ

9 grain candy

なんかこう……じっとしていられない。 頭でも体でもいいから動かしたくなる。 何か……何かあるか……。 ふっとあたしは自分のレイプされた動画のことを思い出した。 ベットに横になっていたときとは(ちが)い、怒りや悲しみよりも“今のあたしならなんとかできるんじゃないか”という気持ちが()き上がる。 できるはずもないのに、そんなことを思ってしまう。 結局(けっきょく)自分の衝動(しょうどう)を止められなかったあたしは、インターネットでデジタルタトゥー、ハッカー関連(かんれん)電子書籍(でんししょせき)を買い(あさ)り、自分の動画を(さが)すため、広大なネットの海へと(もぐ)っていった。 スキンヘッド、丸坊主の女、女子高生などのキーワードから発信元を割り出し、今さっき読んだばかりの電子書籍の知識(ちしき)を使って、サイバー攻撃を仕掛(しか)ける。 あたしは今の今までそんなことをやったことはなかったし、パソコンのワード、エクセルもろくに使えない人間だ。 なのに、頭の中にあるすべての(とびら)が開いている状態(じょうたい)のあたしにはそれができた。 購入(こうにゅう)した電子書籍を一読(いちどく)で理解、そのおかげでパソコンの中の文字がまるでパズルを組み合わせるような感覚(かんかく)(あつか)える。 頭を使うたびに(のう)みそのシワが連続して(きざ)まれていく。 おそらくすべての動画を削除(さくじょ)した(ころ)には、もう朝になっていた。 不眠不休でしかもご飯も食べていないのに、あたしはまったく(つか)れていなかった。 ことをやり終えたせいか、興奮(こうふん)(おさ)まってきて、あたしは急に(こわ)くなってきた。 もしかして、さっき口に入れた飴玉(あめだま)って……? 結花の店から持ってきた、四角いプレーン缶の小箱を(なが)める。 (あざ)やかなオレンジのグラデーションカラーの飴玉が、透明(とうめい)包装紙(ほうそうし)(つつ)まれてギッシリと()め込まれている。 その間も、あたしの脳みそのシワがまた連続で刻まれていく。 ……この飴玉がサイコキャンディなの……? 予測(よそく)でしかないけど、川島さんが(ぬす)まれたと言っていたし、結花が(あわ)てていたし、それにこの飴玉の力……。 こんなの誰でも()しがるに決まってるよ。 あたし……ハッカ入りクッキーだと勘違(かんちが)いして持ってきちゃったんだ。 早く、早く返さないと。 あたしはスマートフォンで結花に連絡したけど、電話には出てくれず、しょうがないのでメールを送る。 だけど返信は来ない。 まだ眠っているのかもしれないと思い、サイコキャンディの()まった小箱を(かか)えて、新宿の輸入雑貨店へ向かう。 電車へ乗り込み、まだ始発(しはつ)に近い時間だというのに人が結構(けっこう)多い。 水商売風の女や売れていないホストの集団が、各二~三人くらいでいた。 聞き耳を立てているつまりはないのだけど、電車内にいる人たちの会話が聞こえてくる。 それだけならいつもと同じ……だけど、いつもと違ったのは、その車両で会話している人の言葉がすべて鮮明(せんめい)に聞こえてくることだった。 「ああ~マジでウザくねぇ。店長殺してぇ~」 「ってかヤバイって、ヤバ過ぎ~」 「ぶっちゃけマジでイケてないよねぇ」 「とりま、それでいいんじゃねぇ」 聞きたくもない頭の悪い会話がドンドン流れ込んでくる。 新宿駅に着くまでの間、あたしは(うつむ)いて両耳を(ふさ)いでいた。 駅到着し、逃げるように電車から出たあたしは、走って結花の店へと向かう。 いつもよりも体が(かる)い。 周りを歩いている人も車もスローモーションのように見える。 ……な、なんなのこれ? これもサイコキャンディの力なの? ヤバいよ、あたし……おかしくなっちゃうよ。 自分の身体が心配で、恐怖(きょうふ)と不安が(おそ)ってくるけど、一呼吸(ひとこきゅう)するだけで高揚感(こうようかん)(あふ)れ出す。 できないことなんかないと思わせる。 それでもあたし場合は理性(りせい)が勝った。 道の真ん中で(ひざ)をついて嘔吐(おうと)する。 無理矢理身体に残っているサイコキャンディを()き出す。 その後、しばらくその場にうずくまっていると、さっきほどの全能感(ぜんのうかん)は消えていった。 そして、強烈(きょうれつ)な眠気と体の(だる)さがやって来る。 ……これは反動……なの……? ね、眠い……。 立つのもかったるい……。 だけど……だけど、結花にサイコキャンディ(これ)を返さなきゃ。 なんとか体を起こしたあたしは、フラフラとおぼつかない足取りで、結花の店へとたどり着いた。 だけど、店は閉まっていた。 「結花、あたしよルナよ! お願い開けて!」 (とびら)(たた)いて大声を(しぼ)り出す。 それでも結花は出て来てくれなかった。 あたしが店先でうなだれていると、そこに――。 「お前、何やってんだよ?」 精悍(せいかん)なくせ毛の男、数馬(かずま)さんが(あらわ)れた。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加