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1 grain candy
クラスメイトに丸坊主にされた。
バリカンで髪を刈られた。
今はようやくベリーショートと言えるくらいまでは伸びてきている。
数人がかりで――しかも男子も女子も一緒になってあたしの長い髪は刈り取られた。
髪は女の命という。
だけど、同性愛者のあたしにはそんなことはないらしい。
せめて一人くらいは止めに入ってくれるかと思ったけど、そんなことはなく、期待した自分がバカみたいで笑えてしまう。
丸坊主にされたあたしが泣き崩れていると、クラスの連中は「いつまで泣いてんだ、駅前に行くぞ」と言い出し、“私と寝てください”というプラカードを持たせる。
深夜になるまで一人で駅前に立つように怒鳴られ帰っていくクラスメイトたち。
逆らうことのできないあたしは言う通りにするしかなかった。
よく「なんでやり返さないんだ」とか。
「やられっぱなしだから相手が面白がるんだ」とか聞くけど――。
反抗したらしたでもっと酷い目にあわされるし、そんなことでこのイジメが終わると思っているなんて、おめでたいとしか言えない。
クラスメイトから見ればあたしは人間じゃないんだ。
何をしてもいい、いたぶればいたぶるだけ笑いが起きる生き物くらいにしか思われていない。
道行く人たちの視線があたしに突き刺さる。
それはそうだと思う。
制服姿の丸坊主の女が、“私と寝てください”というプラカードを持っていたら、バラエティー番組かAVの撮影か何かだと思って見るのは当然だ。
あたしはじっと耐えた。
俯いていればいい。
それだけでこの地獄は終わると思っていた。
しばらくすると、そんなあたしへ声をかけてきた男がいた。
「なあ、これなんなの? そんなにやりたいの?」
男は、あたしが持っていたプラカードを奪ってヘラヘラと訊いてきた。
下を向き、自分の靴を見つめていたあたしは、怖くて何も返事ができない。
気が付いたら数人の男に囲まれていた。
危険な空気を感じて逃げようと思ったけど、あっという間に拘束され、近くにあった車に押し込められた。
さっきのは地獄ではなかった。
ここからが本当の地獄だった。
車の中で押し倒されたあたしに、次々と男たちが乗っかってくる。
誰かの手があたしの胸を掴み、誰かの顔があたしのあそこに近づく。
「助けて」と声を出そうとすると、思いっきり殴られた。
そしてあたしは処女を失った。
射精をすることが目的のものでもない。
もちろん恋人同士のような愛があるものでもない。
あたしは連中にとって、ただの道に捨ててあった玩具だった。
痛みと怖さで泣きだしそうな声を殺しているあたしの横では、無数のスマートフォンがかざされている。
動画を撮られているのか。
あたしが、消え入りそうな声で「やめて」と言ったが、その言葉は当然のごとく受け入れてはもらえなかった。
その行為に飽きた男たちは、適当なところにあたしを捨てて、車で走り去っていった。
……どうしてこんな目に遭わなければならないのか。
あたしはただ好きな女子がいると告白しただけのなのに……。
それから数か月は学校にも行けず、部屋に引きこもって何もできなかった。
ベットでうずくまっていると、たまにバリカンの音が聞こえ出したり、体に無数の手が伸びてきて、乱暴に掴まれたような感覚に襲われる。
そういう幻聴と幻覚が消えなかった。
うちは母子家庭だった。
母親は看護師をやっている。
夜勤前や……ううん、普通の出勤時間でもろくに家に居ない。
大体は付き合っている男の家で寝泊まりしているような女性だった。
母は、若いときにあたしを産んだことを後悔していると会うたびに言う。
そう言われたあたしは、どんな顔をしてどんな言葉を返せばいいのか分からない。
誰もいない家を出て、あたしはフラフラと夜の街に出た。
寝間着のスエット姿のままサンダルで、しかも髪の短いあたしはきっと男に見えたことだろう。
それから当てもなく数時間は歩いていると――。
「どうした? 迷子かお前?」
三人の男があたしに声をかけてきた。
前のときと同じだ。
そう思うと体が震えて、声も出ないし手足も動かせなくなった。
膝をついてうずくまるあたしの頭の上で、三人の男が何やら喋っている。
なんとか聞き取ろうとするのだけれど、断片的にしか入って来ない。
「やっぱ女だぞ」「家出少女か何かだろ?」「いいから連れて行っちまおう」と聞こえた。
あたしが街に出てきたのは自殺をするためだった。
誰にも見つからない静かな場所を探していたのに……。
いや、本当は誰かに見てほしかったんだ。
あたしが死んだことを――自殺したことを知ってもらいたかったんだ。
自分が生きていた証拠をなんて言ったら大げさだけど……。
誰でもいいから最後を看取ってほしかったんだ。
だから夜の街に出た。
そんなことを考えていると、頭の上から聞こえていた声が止んだ。
あたしがオドオドと顔を上げると、三人の男が首から血を流して倒れている。
死んだのか?
あたしが恐怖で後ろに下がるとそこには――。
「うん? 誰あんた?」
そこには白いメッシュの入った黒髪の女が立っていた。
首にはヘッドホンがあり、透け感のある大きめのニットの下にはタンクトップを着ている。
透けたニットからは見える右腕にはみっちりとタトゥーが入っていて、よく見ると左右の耳にはピアスだらけだ。
身長は140cm後半くらいか。
白人の小学生が、ワイルド系のモデルをやっていそうな風貌だった。
その女はあたしに立つように言った。
だが、腰が抜けてしまっていたのでうまく立てない。
彼女はそんなあたしを力づくで持ち上げた。
小さい体で軽々とあたしを立たせる。
あたしは声にならない声で、なんとか言葉を出そうとした。
「あたしは結花、黒崎結花だ。で、あんたは誰?」
だけど、遮られてしまった。
彼女はジロジロとあたしを見ている。
小さくて華奢なのにすごい威圧感だった。
「ふ~ん、ベリーショートいいじゃん。あんたの顔、輪郭が綺麗だから似合ってるよ」
両腕を組んだ彼女は、ニッコリと笑顔でそう言った。
嬉しかった。
生まれて初めて人に綺麗って言ってもらえた気がした。
「じゃあ、名前言ってみようか。じゃないと今すぐ殺すよ。はい3、2、1――」
「あぁ~! あ、あああたしは月城ルナですッ!」
慌てて言ったあたしの肩にポンッと手を乗せた彼女は、冗談だと言っているがそうとは思えない凄みがあった。
だけど……あたしは何故かこの女のことが怖いとは感じなかった。
「へぇ~月に月ねぇ。たしかにあんたは太陽より月だよな。あたしは狂人だけど」
そう言った彼女は、あたしの手を引いて急に走りだす。
もう何がなんだかわからなくて頭の中がパニックだった。
握ってきた彼女の白い手の感触。
あたしの心臓の鼓動は、さっきよりもさらに早くなっていた。
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