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〈2〉
部屋の出口でお礼を言いながら皆を見送ると、和義は腰に腕を廻してくる。
「今日も一番綺麗だった僕の奥さん」
また耳元で囁かれてゾクとしたことを彼はわかっている。そのまま唇が重なる。フレンチだけど自分の唇で私のそれをなぞるように強めに押し付けられて、私も彼の首に腕を廻した。
「この続きは響の部屋でしたかったけど、今日はアイツらに付き合うわ」
ここからは見えない廊下で、斎藤さんたちが待っているのだろう。
「私も柚子と久しぶりに飲みにいくね」
「ああガールズトークで夜を明かしてください」
「ガールズって」
「柚子ちゃんも相変わらず綺麗だったけど、響が一番。一生、俺には一番」
こそばゆくなるような甘い台詞が和義には似合う。女はそんな言葉が嫌いではないはずだ。でもそれもきっと年齢によって変わるのかもしれない。
「おめでとうだけどさ、こんな風にこんな時間にお気に入りのバーのカウンターに座る自由を手放すことになるんだ」
柚子の一言は少し意地悪だ。でもそれは正解だと思う。結婚し、専業主婦になるということはこんな時間の外出はそうは許されないのだろう。
「自由を手放した世界には、その世界ならではの幸せがあるのかもしれないけどね」
柚子は自分のちょっとした意地悪を隠すように言った。
「そうだね。一回、そういうのも体験してみるよ」
「一年後、響が幸せそうに見えたら私も考えよう」
そう言ってグラスを上げるけれど、働いていない柚子は想像できない。
「ヘッドハンティングで転職できる女性がなにを言う」
軽く返すと柚子は微笑んだ。
「生きる術は自由でいるための武器だ」
生きる術、柚子にとってそれが仕事なのか。自分の仕事にその力に確固たる自信を持っていられれば、なにかは変わったのか。私は和義との結婚を選択しなかったのか。
「でも、和義さんは理解ありそうだから私と飲むって言ったら出してくれそうだけどね、夜でも。響がそんな時間を取りたくなくなるのかもね」
「私が?」
柚子はバーテンダーを呼んでお代わりをオーダーする。
「会社でいるより彼に合う時間は減るでしょ?」
確かに和義は必ず受付にいる私の前を通って「いってきます」と外出し、「ただいま」と戻ってきていた。そんな時間は無くなる。
「それでも必ず自分のところに帰ってきてくれるってことでしょ?結婚って」
それは同棲との一番の違い。よっぽどのことがない限り、和義は帰ってくる。それが籍を入れるということの責任でもある。そして必ず迎えることが私の責任でもある。それは物理的にではなく精神的に。
泣きながら待つ時間はもういらない。不安な夜はもういらない。
「可愛いピュアラブも激しい熱情も経験した私たちが、最後に求めるものは安心ってことかな」
私の心を見透かしたように言った柚子のグラスにグラスを当てた。
「乾杯」
シャンパングラスを重ねたときよりも低く響いたロックグラスの音に、柚子もパステルの服ではないことに改めて気づいた。人生の季節が変わったのだとしたら、その切れ目というのはどこにあったのだろうね。
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