11 きっとあなた揺蕩う

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おまえは、そこに居ろ… …ちゃんと、俺が、護ってやるから… 口数が少ない高井の思いは、茉由には伝わ らない。 茉由は、自分の思いを高井に伝えられない。 ― 「ままごとはもう終わりだ、戻ってこい!」                    ― これだって… 茉由は、GMからの業務連絡を受けただけ。 茉由は、関東に戻ってきた。高井の指示通 りに、本社へ出勤した。マンションギャラ リーから本社へ、仕事場が変わる。 この本社には、女性だけの部署がある。 「研修会場」の担当。この会場は、 一般のお客様は入場されないので、出入り に便利な1階ではなく、営業本部の下の floorにある。ここは、社員と、関係者し か来場しない場所。 茉由は、ここの責任者になった。接客担当 としても長い経験は有るし、また以前と 同じ「staffが女性だけ」との事も、 高井の思い通りだった。 茉由は、新GMの高井と、高井の妻の、 広報部の亜弥と、同期の、建設部の咲と、 修繕部の梨沙が居る本社勤務になった。 初日に、茉由がこの新しい職場の研修会場 に出勤すると、高井はすでに待っていた。 久しぶりに逢った二人は、他の者もいる中 で、言葉を交わすことなく、会釈だけにし た。そして、この朝礼では、高井が一番に 挨拶をした。 「おはようございます。本日付で、茉由君  が、ここの責任者となります。彼女は、  接客担当としては、仕事の経験がありま  すが、ここに慣れるまでは、私もここを  supportします。      皆さん、宜しくお願いします」 「本日より、こちらの責任者になりました。   よろしくお願いいたします」 茉由は、高井の後に、短い挨拶をした。 朝から、スッキリとはしない。ここの責任 者と云っても、茉由の立ち位置なんてこん なものだった。 茉由は、高井が挨拶することも、その中で、 茉由の後ろに自分がいると、ここの皆に知 らしめる事も知らなかった。 高井は何もかも一人で決めてしまう。茉由 は、亜弥と同じように、高井の力でstep  up した。けれど、これは、亜弥とは違い、 茉由の望んだ事ではない。茉由の気持ちな んて高井には関係がない事、の、よう。 こんなに確りと、強い力を持つ高井が後 ろから看ていてくれるのに、高井に支えら れる事が、茉由には嬉しくない。この高井 の存在は、今の茉由にはオモイ。 今だって、皆の前なのに…、何も気にせず、 こんなに分かりやすく、重なり合う様に立 たれると、たとえ背中だって、高井に絶対 に触れたくはない。茉由は身体を少しも動 かしたくはない。 けれどもそんな事もお構いなしに、当たり 前の様に、茉由のその後ろにピッタリつい て立つ、高井の声が、茉由の右耳の後ろか ら聴こえる。 高井と離れていた、関西に居る時には… あの時には、あんなに聴きたかったこの声 は、いまは、こんなに近くで聴こえている のに、 茉由には、重く、気分が塞いでしまう程、 後ろから、茉由の首筋にもしっかりと 纏わり憑く。 この部署は、高井が新しくGMになってか ら、初めて手掛けた、新しい部署。 今までは、ここの管理を、上のfloorの 営業本部でしていたが、高井は、ここの担 当をしていた者、その中の女性だけ、ここ へ異動させた。 それは、一人で異動してくる茉由の為に、 茉由を新しい職場に、後から加える事のな い様に、他の者も、同じ、timingで異動 させた。 だから、ここのstaffは、茉由よりも仕事 ができても、ここでのstartは同じだ。 そんな事まで、 新しく入る茉由の為に高井は考えた。 茉由には、ここでの仕事はやりづらい。 最初から、皆に警戒をされてしまう存在に なってしまった自分は、ここのスタッフ達 と、上手くやっていけるのだろうかと、 不安に思う。 以前、亜弥は、女性だけのマンションギャ ラリーを高井から任された時、完璧に纏め ていた。 そこのstaff達を常に平等に扱い、全ての 者に常に敬語で話し、皆とちょうど良い 距離を保ち、そこでの雑用や清掃も、 全て、そこのstaffと同じように自分も 動いていた。 本当に亜弥は優秀な賢い女性、そして、自 分の営業担当としての仕事も、そこでの結 果を出すために、senseの良い営業力にも 優れ、数字の結果もキチンと出した。そん な、亜弥とは、茉由は、ゼンゼン違う。 高井は、茉由を自分の近くに置く為には、 そんな事までは気が回らないのか、それと も、自分がここを監理するつもりなのだか ら、そもそも、そんな事は必要としないの か、 茉由とは対照的に、とても穏やかな表情を している。 なんだか不思議… あの、誰にも気を許さない、一匹狼の高井 が、こんな行動に出るとは、 佐藤の事だって、もう、高井が離した、茉 由が離れたとはいえ、高井は不愉快に思っ ているはずなのに、 自分が居なかった間に、茉由が関西で、佐 藤と家族ぐるみで過ごしていた事も知っ ているはずなのに、なぜ、高井は茉由に何 も問いつめないのだろう。 高井と茉由の関係は曖昧なまま。茉由が高 井と一緒に暮らしている亜弥に妬きもち や、嫉妬をしない様に、高井も、佐藤との 事に何も感じないのだろうか… それに、 関西から戻った茉由は、また、夫の許に戻 ったのに… こんな高井のことを、いまだ に、茉由は分からない。 高井は、佐藤を関西に残したことに、気を 緩めてはいない。もちろん、前GMが、自 分に止めを刺すために、佐藤を送り込んだ ように、 これからも油断できない佐藤の近くにも、 高井は、関西へ異動になった時に自分につ いてきた者も、関西に残している。 ちゃんと、自分の為に動く者を残していた。 それに… 茉由は、夫の処へ戻る事になる が、高井は、前回の茉由の検査入院の時に 茉由の夫と対峙し、茉由とこの夫との関係 を理解してしまった。 ― 茉由の恐怖心は、   病気に対するものではない。 「医者である、夫に、対するもの」 それに、 ここでは、なにか、茉由に異常が 起きた時、その所見をカルテに記 すのは、主治医の夫。 夫は、「事」を起こしても、簡単に その、後始末もできてしまう。 茉由は、そんな強い不安を、 誰にも言えない。 ここは、設備が整った、大学病院。 ここでは、常に24時間体制で 茉由は管理される。 ― 「 茉由の病気 」 これは、医者である夫が、妻の不 貞を疑い、その制裁に、病気と信 じ込ませ、要らない手術や薬の投 与を施し、 白血球数が平均値の1/10になる ようにし、これで、抵抗力が弱っ ているとのことを茉由に自覚させ、 「信じ込めせ、行動を制限する 」 夫の制裁、 茉由の「行動の自由」 を取りあげる、 ― ― 「初めまして、茉由の夫です。    ここで、外科の准教授をし           ております」 「初めまして、高井と申します。  茉由さんの、上司にあたる者です。  これは、妻です。茉由さんの、元、  上司でもあります。私たちは、  茉由さんと同じ会社の者です」 高井は、夫婦単位の挨拶で返した。 「今回は人間ドックと、会社に  は届け出がございましたので、  私たちは、心配は、  しておりませんでしたが、」 「夫婦共に、茉由さんとは、  お仕事を一緒にして おりますので、お見舞いにと、 思いまして、 顔を出させていただきました」 高井はどんな時でも動じない。 「茉由さん、今日が、退院なんで  すね?なにか、お手伝いいたし  ましょうか?女手があった方が  善いのではと、夫から言われた  もので、くっ付いてきました。   大丈夫ですか?」 亜弥は、以前と同じように、 優しい気遣いを見せる。 夫は穏やかな表情の、ま、ま、 「茉由の上司の方ですか?  お忙しいのに有難うございます。  ましてや、ご夫婦で来ていただ  くなんて、茉由は、お世話にな   りっぱなしですね」 夫は恐縮しながら頭を掻いた。 こんな、しらじらしい、社交辞令 が続いた後で、夫は、急に話を変 えた。 「そうそう、確か、今回の茉由  の検査入院の一日目にも、  貴方はいらしてますよね、  病棟クラークに記録が  残っていました。とても、  部下想いでいらっしゃる」 「貴方は高井さんでしたか?  高井さん?  あ~ この、ペンの、   高井さんですか?」 茉由の夫は、白衣の胸ポケットか ら、高井のボールペンを取り出し た。 ペンは今、 高井と、 高井の妻の亜弥と、 茉由と、 茉由の夫の、 4人の、前に、ある。 「これに、貴方の名が、  刻まれています、高井さん」 茉由の夫は、 高井に、 ペンを、 渡した。 いや、 返した。 「あ~  ありがとうございます。  探していました。   何故?あなたが?」 高井は、とぼける。 「はい、妻のドレッサーの  引き出しの中にありましたが、  私が、探し物をしている時に、  偶然、見つけてしまいまして」 「ほら、男性物でしたから、妻に  確認しようと、本日、自宅から  持ってきました。私たち夫婦は、   すれ違いが多く」 「御覧の通り、本日も、私は勤務  中ですから、茉由は一人で自宅  へ帰るのですからね、 持って来たのです」 「すれ違いが多いのですか……」 高井は、茉由の夫の言葉を、 一部だけ、繰り返した。 そして、何も、全く、困惑などせ ずに、サラッと、夫に言い返す。 ― 茉由が、夫の事を不信に思い、 もうすでに、 気持ちが離れていることも、 夫も、茉由に対して、自分の 「事」を優先し、自分の 「モノ」として、ただ 「管理」していることを、 高井はもう理解している。 高井は分かっていても、 直接、茉由には何も言わない。 けれど、自分の「力」を分からせる。 そう、今までも、たとえ、なにか、「事」 が有っても、高井は、いつも、茉由の知ら ないうちに勝手に事を終わらせる。 「…なんで、私が知らないうちに、 どんどん、事が進んでいくんだろう……」 茉由は、まだ朝なのに、異動になったばか りの本社なのに、仕事の初日なのに、気が 重い。 「翔太だったら…」 茉由にとっては、関西で家族ぐるみに生活 を共にしていた佐藤との数か月間で、この 高井に対する気持ちにもすっかり、変化が 出てきていた。 高井は、そんな、茉由の気持ちが変わって しまったことに気づいてはいなかった。 高井は茉由には、あまりにも自分の考えを 何も説明しないまま。 今朝も…… 「おまえはそこに居ろ 」 「俺のあとに挨拶をしておけ 」 「明日からの事は、あとで伝える 」 茉由は何も言えないまま…… ここでのstartも、高井の云いつけ通り。 こんなカンジでしか、高井から茉由には 伝えられない。 茉由の初日の朝礼は終わった。staff達は、 ここでの仕事を理解している。茉由が指示 を出さなくても、すぐに会場の清掃を始め た。高井は、上のfloorの自分のdeskに 戻る。 「おい、分かったな…」 高井はまた、短く茉由に言い放つ。 「はい、今日から、仕事を覚える事に なりますが、宜しく御願い致します 」 茉由は、少し嫌味を加え、挨拶をした。 本社に来てから知った自分の仕事に不安 があるが、 自分のdeskに戻るために動き出した高井 の後ろに続き、皆から離れると、会場から 出るその高井の背中に向けて、着任後初め て頭を下げた。 「あぁ…」 顎を右斜め上にあげ、目を細める。 高井は、茉由の方に身体の向きは合わせず に、自分が進む方を見ていたままだった。 やはり、 気分を害したままで、不機嫌なのかもしれ ない。 でも… …いつか、この顎に、 Uppercutを一発くらわせたい… そんなこと... できるのかな… 高井が戻った後は、茉由は、独り… でも… こんなに何もかも高井にお膳立て をしてもらい、お飾りの様に置かれてしま うと… これは、自分でつかんだ positionじゃな い。 …私、こんな形でstep upしても、 嬉しくない。 茉由は、戻るために振り返ると、まだ、 高井のコロンの匂いが残っているのに 気がついた。 「まだ、残ってる…」 会場に残された茉由は、ゆっくりと歩きだ し、会場内を確かめながら視て廻る。 マンションギャラリーで働いていた頃、 この会場に… 研修に訪れた時が、 懐かしい… あの時は、護ってもらったこ とが、嬉しかったのに…… 高井は、今も、あの時も、 茉由を自分の「特別なもの」として、 そこに居る者に知らしめた。 ― 茉由は、マンションギャラリーでの接客のお 仕事をしている。 接客担当は、常に、チャントしたアテンドマ ナーを身に着けていなければならない。それ は、どんなにベテランになっても、常に正し く、スマートに、接客が行われなければなら ないとのことがある。 だから、「慣れ」などは、決して許されず、 この会社では、どんなに接客の経験を積んだ 者でも、定期的に行われる、本社での、マナ ー研修には、参加しなければならない。 マナー研修の当日、 久しぶりの本社に、茉由は、とても、 緊張した。研修では何度も訪れて いるのに、 「マナー研修」だけは、違っていた。 営業部の「研修」は、講習のものと、 「実技習得」のものがあって、 接客担当の茉由の仕事にもそれがあるが、 今回の、マナー研修は、ロープレを 繰り返し、それを試されるものだから、 研修中は、ずっと試される事になる。 ずっと緊張した一日になる。 茉由は覚悟し、襟を正して、 マナー研修に参加した。 「 おはようございます 」 「 おはようございます 」 会場に入った時から試される。毎回、どれが、 判断基準になるのかが分からない。慣れを正 すのだから、毎回、違うことが起きる。 このマナー研修では、航空会社のCAのOG が講師になり、接客のロープレも、行われる、 その場、その場での、事が何パターンも、試 される。 このマナー研修は、 ここで、それぞれ、自分で設定し、視て頂く。 接客は、「人」にもよるのだから、試す人でも 変わるし、同じことでも、その、時々で変わ るのだから、考えたらきりがなく、 この研修だって、本当に、 実践で役に立つのかは分からないが、 「仕事」として、 接客をするのだから、 やらなければならないこともある。 今回は、お辞儀の仕方に始まり、 姿勢を正した、ランウェイを歩くモデルのよ うなスマートな歩き方、 女性らしい撓りを加えた淑やかなしゃがみ方、 ヒップの大きさを目立たせない、動作が大き くなり過ぎない、静かな着席の仕方、 音を立てない、スゥッと、すばやい起立の仕 方、などと、 飛行機機内で、CAさんが、お飲み物をお出 しする所作を学んだ。 お飲み物も、コールドと、ホット、で所作は 変わる。 ご挨拶、お声がけ、発声には、いろいろ。 これは、腹筋がやられる人もいる。 お腹がすくのも早くなる。 本社の別 floor迄は響かないが、かなり、 凄いことになる。 「 本日は、ご来場いただきまして、  誠に、有り難う御座います 」 「 本日は、ご来場いただきまして、  誠に、有り難う御座います 」 「 ありがとうございます 」 「 ありがとうございます 」 「 かしこまりました 」 「 かしこまりました 」 「 おかえりなさいませ 」 「 おかえりなさいませ 」 「 またのお越しを   お待ち申し上げております 」 「 またのお越しを   お待ち申し上げております 」 お辞儀をしながら、離れたところに立つ、 講師までにも聴こえるよう、 口をハッキリと動かしたご挨拶の練習、 営業担当の話しの邪魔にならぬような、 静かな伝言の仕方、など、 動きのある、立ち居振る舞いのマナーでは、 実際に広い会場内で、皆、全員が、チャント できるまで、何度も何度も、動き回り、皆、 全員、立ちっぱなしで、繰り返される。 皆お揃いの、6センチのハイヒールを履いた まま、キッチリとボタンが全て留められたス ーツ姿での所作のチェックは、身体はあまり 自由には動かせずに、それに緊張感も加わっ て、かなり、疲れる。 中には、耐えられなくなって、壁に寄りかか ってしまう者もいるが、 すかさず、講師からの檄が飛ぶ。 「 確り、なさい!」 女性だけの、今回の研修でも、とても、穏や かに、とは言えない、意外にハードなものだ った。 皆、営業用スマイルはキープしたままだが、 足元は、次第に、ガクガク、ギクシャクして きた。 『 パチン!』 講師が手を叩き合図する。 「ハイ! それでは、昼休憩にいたします。  午後は、座学研修です!」 「ありがとうございました」 「ありがとうございました」 皆、ホッとした。 今回の研修では、昼休憩は一時間だった、 外に食事に行く者や、各々が持参したものを この会場で食べる者もいた。 午後の座学研修のために、皆が座れるように テーブルが出された。 「やっと座れる」茉由の脚は、もう浮腫んで いる。 ここで食事をする者は、10名ほどだった。 その中に、茉由の知り合いはいなかったが、 午前中の、厳しい研修の後で、すっかり、皆 運命共同体のように打ち解けていた。 けれど、皆、それぞれが、着席し、食事を始 めてから、しばらくたった頃、 せっかく、皆一つになって打ち解けて会話を 楽しんでいたのに、 『 バァン‼』 突然、茉由たちの、楽しんでいた休憩時間が、 邪魔された。 何もない広い会場の壁に、一つだけ、やたら と目立つ、防音効果のある、重い大きな、 両開きのドアが、勢いよく、開かれた。 左右、片側ずつに人が付き、二人の揃った、 力で、勢いよく。 颯爽と、現れたのは、王子さまではない。 黒服、長身の男。 総務の担当にここまで案内された、 高井と、その二人のおつきの者。 管理職として、圧を振りまきながら、 高井を先頭に、三角形になって入ってきた。 おつきの者は、手際よく、 数種類のラテと、フィナンシェを皆の好みを 聴きながら出していく。 それを、終えると、残りは纏めてテーブルの 隅に置いた。ちゃんと、今日の研修参加者の 数だけあった。 「お疲れ! 差し入れだぞ!  皆、コイツの事、宜しく頼むな!」 高井はいきなり、茉由肩に手をかけ、後ろか ら支えた。総務の担当者の女性は、通路に留 まり、かなり離れたところから事態を見守っ ている。 静かな穏やかな笑顔で、何も問題はないと、 皆を安心させるように、その光景を眺めてい る。 おつきの者は、そつなく、距離を置いて控え ている。茉由はキョトンとし、研修メンバー は、あ然とした。 「じゃぁ、な、良い子にしてるんだぞ!」 高井は、軽いタッチで、茉由のオデコに手の ひらを当て、入ってきた時とは反対向きの、 高井を先頭に、三角形になり、アッサリと退 場した。扉は再び閉められた。 会場は、静まり返る。 茉由は、固まった。 「ねぇ、スゴクナイ?」 「凄いね」 「あの人、高井リーダーでしょ?」 「羨ましいよね」 「茉由さん?」 「リーダーと茉由さん?」 なんか、変な空気になっている。 「あの人、ただ、派手な人なの」 「あの人」は、変だったかな? 茉由は、一瞬、考え、 「いつも、部下の、皆に、親分肌なの」 茉由は、一応、言い訳をしてみた。 ハードな研修で、疲れた身体には、 甘いものが嬉しい。フィナンシェは、 会場の あちらこちらを汚す心配も少ない。 ここに居る者は、高井と茉由の仲を、 認めさせられた。 こんなこと、知らなかった茉由、 でも、嬉しかった。 「このままでも、良いのかもしれない」 茉由は、そう思ってしまった。 高井のコロンの匂いは、この会場にも残って いる。皆、高井の男臭さを実感した。― ここは、茉由が高井に、初めて心をゆるす、 きっかけになった出来事が起きた場所。 高井は、それを、茉由に、気付いて、 思い出してほしいのか… でも今は、あの時と同じここに居ても、 こんなに近くに高井が居ても、 茉由は、ここでも、高井と「同じじゃない」 そんな距離を感じただけだった。 もう… ここは、嬉しかった思い出の場所 から、 茉由の仕事場に変わった… ここのstaffは、茉由以外は、5人。茉由 を入れて、6人体制で、この会場の維持管 理と、マナー研修の全ての業務を担当する。 会場を整える事では、マンションギャラリ ーと同様に、いつもきれいにしておくこと も必要だが、 ここでは、住宅設備や、建材などに新商品 がでれば、皆に商品知識を覚えさせるため に、マンションギャラリーよりも早い時期 に、種類も多く、まずはここへ設置される ので、 その都度、入れ替えの工事も行われ、その、 手配や管理も必要になるし、研修が定期的 に行われるために、研修と重ならない様に 工事の日程調整も必要になる。 そして、ここの目的でもある、年間を通じ 定期的に開催される研修のschedule管理 と、研修の際の、協力を依頼する講師の日 程調整や、研修当日の立会いや、営業本部 へ研修後の報告などもする。 仕事の事を考えれば、かなり、充実してい る。新しく創られたここは、それなりに意 味はある。だから、高井の事をただの上司 と考えれば、茉由のここでの仕事は、とて もやりがいがあるはず。 それに、茉由は夫から処方された、副作用 の強い薬を飲むのも止めていて、それによ り、茉由は、身体の調子も整い、以前より も身軽に動けるようになった。 ここで、気持ちの切り替えができれば、ここ は、茉由が社会人として充実した毎日になる はずだが… そして、chanceを与えてくれた高井に対して も、茉由がここでの仕事を順調に軌道に乗せ、 結果を出せたら、新GMとして高井が手掛け た事への成果として、お返しもできるのに… まだ、茉由には、そんな事は、考えられない ようだ。 それなのに、高井の茉由に対する思いには、 まだ、まだ、考えられていることはある。 ここの会場は広々としていて、環境も良い。 この研修会場には、各sectionが設けられて いる。ここで、マナー研修が行われる時には、 この各sectionは、とても、有意義に活用さ れる。 接客boothや、ミニキッチンboothでは、 接客担当のお茶出しや、営業担当に引継ぎを するまでの事が設定されたり、 展示boothでは、 各物件のご説明の設定がされたり、 entrance、通路、elevatorなどが配置された ところでは、 お客様のご案内の仕方や、ご挨拶などが設定 されたりする。 これらが全てこの会場にはsettingされて いて、茉由たちのdeskは、これを見渡せ る、ように配置されている。 ここは、マンションギャラリーとも環境は 似ていて、広い床面積に配置されるstaff は、茉由を入れて6名、と、少ない。 茉由は、本社へ異動になっても、いきなり、 「大勢の中にポツンと独り」で入って往く わけではない。 この環境ならば、不器用な茉由でも、 慣れない場所での戸惑いは少なく、 すんなりと入りやすいかもしれないとも、 高井は考えた。 高井は… 自分の思い通りに「事」を起こし、 天下無敵の、なんでもできる男… 茉由を近くに置くために、 こんなに… 人間関係も、 居場所の環境も、 本当によく考えている。 それを、人を動かしてまで、 会社、組織、の中で、 公私混同、ギリギリの、 こんな「事」までできるのは、 高井だから… 40代半ばの大人の男… 上司… の 力の大きさ… 余裕なのか… それなの、に… これほどの「事」をされても、 鈍感で、天然で、不器用で、 単純で、ピュアで… 茉由は気づけない。 そんな茉由の「物分かりが悪い」面が、 ここでの仕事で、でなければ良いのだが… 頼りにならない上司だったら、ここの staff達にも迷惑なのに。 まぁ… きっと、そんな事も、高井は理解 している。だからワザワザ、朝礼にも顔を 出したのだろう。 けれども、茉由にとっては、悪い事ばかり でもない。今まで遠かった、 ここ、本社には、強い味方の、同期の、咲 と梨沙が居る。 高井が捕らえたつもりでも… 茉由は、避難場所に向かって、 スルリッと逃げる… 茉由は、着任早々、咲と梨沙と逢うために 連絡をとっていた。関西の「事」もまだ二 人には話せていない、きっと、また、上手 く話せないけれど… 本社勤務の初日に、先ず茉由が考えたのは、 この二人との再会の事だった。背は高くて も、気が小さく、臆病な茉由は、この二人 が本社に居なかったら、きっと、人事異動 の辞令は受けとらずに、本社には入らなか った… だから、高井が離れたこの仕事中には、咲 と梨沙の事ばかり考え「今日は、GMから、 上手く逃げなくちゃ!」なんて、そんなこ とを考えていた。 でも… 茉由がマンションギャラリーに勤 務していた時に、今までも、本社研修に訪 れたtimingで、咲と梨沙と会う約束をし ていても、 それを、何度も高井に邪魔されて、二人か ら引き離され、結局、茉由は高井に連れて いかれていたのに、それは… 大丈夫なの だろうか、 けれども、高井は、もう、自分のposition に安心しているのだろうか、それとも、本 社に居る亜弥の事が、高井の行動を慎重に させるのか、茉由には、スグに、手を出さ ない。 この日も、やっと茉由に逢えたのに、朝、 茉由の顔を確かめた事だけで満足したの か、その後は、茉由に近づかなかった。 まだ、始まったばかり… 高井は、今回は、かなり目立つ、新しい部 署の設置と複数の人事異動を通したので、 これ以上は、目立つことはしない方が賢明 だと考える。 茉由は、 高井が、今日はもう近づいてこない事を分 かったのか、初日で、まだ、具体的な仕事 がstartしないうちに、身軽なうちに、さ っさと、ここのstaff達を早々に解散させ、 自分も、早めにここを出た。 けれどもこの日、 茉由は、咲きに、驚かされた…… 咲は、佐々木と結婚する。 それも、「別居婚」らしい。 この「別居婚」は、二人が納得している事 で、咲は自分の生活を変えたくはないし、 佐々木は、自分の一人の時間は大事で、 一日中誰かと一緒とか、ベタベタと纏わり 憑かれたくはないらしい。 佐々木は真っすぐな性格ですぐに結論を 出したがる。まず外堀を埋めてから。では なく、directな攻撃で、破壊力も大きいも のを選ぶ。恋愛対象は、賢い女性が好きで、 女性らしさが前面に出ている人は苦手、 たとえば、仕事で使うstationery goods、 には機能性を求め、design性が重視され た物は好まない。 これは、「真っ直ぐなものは真っすぐに、 平らなものは平らに仕上げる」 の咲にも合う? 咲は、シンプルに物事を考える。けれど、こ れは、単純との事だけではない。複雑に物事 を考えると、迷いが生じ、鈍る。それが、嫌 なので、物事を徹底的に調べ、 dataに基づいた情報は信用し、論拠もハッキ リとしている人の意見は尊重するが、選択肢 を、複雑にはしない。 だからなのか、結婚はするが、結婚式、披露 宴はしない。結婚式は、宗教絡みの事が多く、 咲は信じる宗教が無いので、これに意味を感 じないらしい。 佐々木も、式には、意味があるが、自分はど こにも属さないのだから、どの様式も選べな いとの考えで一致する。この二人は、意外に も、近いものがたくさんあった? 今日は、茉由と梨沙と咲の、三人会では珍し く、明るい話題になりそうだ。 「お疲れさまあぁ~!」 茉由は、明るかった。二人に会えるとホッと するから。 「お疲れ!」 「お疲れ様!」 二人も温かく茉由を迎える。 三人は、本社から近い、咲の部屋に集まった。 ここが、一番落ち着くし、安心する。 「茉由? 関西だったの?」 咲は、幸せ色のrose wineを二人にすすめた。 海老やタコ、トマト、パプリカなどの、これ も色鮮やかなサラダもだされた。茉由はこれ も嬉しい。自然と笑みがこぼれる。 「あれ?サラダだけ?」 梨沙のツッコミは早い。けれども、咲は梨沙 の為には、ローストビーフを用意していた。 「サッパリしてるけど、これも好き!  いっぱいある?」 「あるわよ!」 咲はちゃんと分かっている。梨沙は遠慮はし ない。 「そうそう、茉由は、  関西に往ったと思ったら、  すぐに戻ったね? 」 梨沙はもう、口いっぱいに頬張りながら、モ ゴモゴト話す。まだ、咲の話を知らない二人 は茉由の事から酒のつまみにする。 「うん、翔太も一緒だったんだけど、私だけ  関東に戻ったの…」 「へぇ~、翔太も一緒だったの知らない…」 「翔太、エリマネになったんだってね!」 梨沙は知らない事を、咲は知っている。 「そうなの、翔太、エリマネで、GMから  関西を任されたって云ってた」 茉由は、事実を二人に話した。余計な事は云 わない? 「へぇ~、翔太、エリマネなんだ! 凄いね、  1年半?前の同期会で宣言したとおりだね」 「そうね、翔太は仕事できるからね!」 明るい雰囲気になっている。 このままで良いか… 「そう、だから、  高井GMは翔太に関西を任せたのかも…」 茉由はサラッと、話す。 「そうだね、関西は初出店でしょ!良いね!」 梨沙は翔太を応援する。 「そうね、翔太なら、チャントできるね!」 咲は纏めた。 なんだか、アッサリ… 高井が新しくGMに なった事にも、何も触れずに、二人は関西の 話を終わらせた。  茉由は、これ以上、自分から、高井の事も、 関西での佐藤との事も話さなかった。 でも?咲も梨沙も… 何か… あったの? 茉由が、二人の顔を覗き込み、探ろうとする と… 咲はそれに気づき、話しを始めた。 「あのね… 私、駿と、結婚、するの…」 「ゥゲェ‼えっ?」 梨沙は、ノドに何か詰まらせた? 「エッ?」 茉由は、驚いてワインを多く呑み込み過ぎた。 「ぅぐっ!」っと、むせる。 でも… だからかぁ… 二人は、想像できた。 これには、茉由も梨沙も疑問はない。すぐに 納得した。茉由と佐藤の為に集まった、1年 半程前の同期会… その数年前に、佐藤と当時のエリアマネー ジャーが衝突し、佐藤が飛ばされた事があ った… その、もめた原因を聴かされなくても、 いくら鈍い茉由でも、優秀な佐藤が失速する 理由が、他にないことも察しが付き、この佐 藤の処分には、自分が関係していることぐら いは分かる… 二人の息子がいる茉由は、子供が小さく手の かかるうちは、母に任せっきりなのも、年老 いた母には大変なことから、5年ほど家庭に 入っていたことが、茉由の社会人としての成 長を止めていたのか、 同僚たちとのレベルの違いから周囲に迷惑を かけ、社会復帰早々に、手厳しい洗礼を受け た。 ― 咲は、自分が望んだ建築設計の仕事に就き、 毎日が充実している。けれど、学生時代は、 周りから疎まれ、友人は、一人もできなかっ た。でも今は、駿と翔太とこの梨沙と、そし て、茉由と、かけがえのない同期がいる。 初めてできた仲間たち「今度こそ間違えない」 と、自分を律してきた。「もう、失いたくはな い」。そんな咲は、茉由の危うさが気になって いた。 咲は自分も苦しんだ時期が有るからこそ、 茉由から直接、言い訳を聞かなくても、 茉由に、寄り添える。 ―  「ねぇ、駿が、同期で集まりたいって言って  いるの、梨沙知ってる?」 「そうなの? 茉由と、翔太も一緒に?」 「うん、駿が、茉由と仕事、一緒になったじ  ゃん、だからかな? そんな話になっている  けど、私、以前、駿に余計なこと云ったから、  それかなぁー? 駿、真面目だから、茉由の  こと、かなり、怒ってたし、でも、随分前の  事だしー」 「それって? 翔太と茉由のあの時の事?」 「んー、そう、なんだけど、私は茉由を責め  るんじゃなくって、気づいてほしいことがあ  って、つい、駿に、自分の昔話まで、うん、  余計なこと、言っちゃって、駿に点火しちゃ  ったのかもー」 「テ・ン・カ? ナニソレ、咲、頭良すぎて、  時々、分かりづらい時あるよ!」 「ゴメン、でも、集まるのって、如何?」 「うーん、善いんじゃない? だって、駿は  言い出したら、止まらないじゃん。でも、  翔太は平気なの?」 「そうだよねー、でも、駿が、何とかするで  しょ、言い出したんだしー」 「そうね、私は良いよって、駿に伝えて!」 「分かった、梨沙? また、連絡する」    ~ 茉由、大丈夫かなぁー   ― 咲は梨沙と話を纏める。 そして、佐々木も、茉由に… ― 「あー、咲に、会ってみるか?」 「うん、咲が会ってくれるんなら、  会いたいよ、私」 「同期で集まるか?」 「翔太も?」 「あー、そうだな、俺は、翔太とも逢った方  が善いと思う。アイツはまだ、この会社にい  るんだし、お前が辛いのは分かるが、アイツ  だって、きっと、まだ、解決していないんだ」 「そう? 駿がそう言うのなら、翔太にも、  会ってチャントさせたい。私、梨沙にも会い  たい」 「だな!」   ようやく、佐々木が少し優しく見えた。― この時に、咲と佐々木の二人は共に気に掛け ていた、茉由と佐藤の為に動いていた。 茉由を気遣い、その危うさを心配した咲が、 茉由と同じ営業部に所属する佐々木を頼り、 相談した事がきっかけで、共に動くうちに、 お互いを認め、そして、だんだん、二人の思 いを強めることになったのか… この同期会で、茉由と佐藤の同席がかなった ことに、そして、同期を一つに纏められたこ とに、この二人も、達成感を味わった。そし てその後も二人で会う事が多くなった。 …二人だけでも会っていたから… だから… 営業部の事なのに、今の翔太の事も、咲は 知っているの… 茉由は、咲がどこまで知っているのか気に なる… 「イツから、駿が恋愛対象になったの?」 梨沙は、同期会の駿を想いだし、あんなに 口うるさい駿と、堅実な咲は、どこで、い つから、お互いの気持ちに気づいたのかが 気になる。 「駿と、咲は、お似合いなの?」梨沙は、 想像力が膨らむ。お腹もローストビーフで 膨らんでる。 「う~ん、2年くらい前?かな…  茉由の事が気になって、  駿に相談した頃?」 「エッツ?私がきっかけ?」 茉由は、wineに酔った?のか、咲の言葉 に、ちょっと頭がクラッとした。 「でも、私、駿と咲は、  お似合いだと思うけど」 茉由は心からそう思った。この二人、駿と 咲は、きっとブレない。お互いを認め合え れば、似た者同士で上手くいくと思った。 それに、咲が結婚してくれたら、茉由と同 じ事が増える。結婚している者同士、また、 咲に頼れることが増える。茉由は、そんな 事も嬉しかった。人に依存する茉由らしい。 梨沙はちょっと複雑だった。茉由は、知り 合った時からすでに結婚していたけれど、 咲は、シングルだったのに、仕事でも自分 が確りとあったのに、なんで、結婚なんか するのか分からなかった。 「咲の仕事は、それで、  大変にならないの?」 梨沙自身の事も考えると、この駿と咲の 結婚には、知りたい事だった。梨沙も結婚 を考えたことがあったが、仕事を考えると、 相手に向かえる時間を、梨沙は創る事がで きないと考えていた。咲も仕事が充実して いたから、そこが不可思議。 「あのね、私は、駿に向かう気持ちは  あるけれど… 私たち、今のところ、  一緒に暮らすことは考えていないから、  時間の使い方は、たぶん、今まで通りだ  と思う」 「エッ?」茉由は首を傾げる。 「もしかして…」梨沙は見当がつく? 「うん! 別居婚にする!」 咲は確りとした考えがある。 「エッ?」茉由は驚く。 「そうかぁ…」 あの…、ぶっきら棒で、合理的な物事の処 理を優先する駿なら、「アリかぁ…」梨沙 は理解する。 …別居婚?… 茉由はゼンゼン考えたことが無いかたち。 どうやって、成立させるのか、継続させ存 続させるのか… でも、忙しすぎる、咲と駿には向いている の?とも思うけれど…… 「うん、子供もしばらくは創らない!」 咲はハッキリさせている。 「そうなんだぁ~」 茉由にはこれも分からない。 けれど、梨沙には、これに、思う事があっ た。梨沙は、「自分が女」との事に、傷つ いていたから… 「結婚は難しい…」 梨沙は、小さく呟く。明るい表情をしてい ても、いま、頭の中では走馬灯のように、 過去の自分が出てくる。裕福な家庭に育っ ても、決して幸福ではなかった自分が出て くる。子供には、選べない「家」は、子供 には大きな、ところ。でも… 「ねぇ? 翔太も呼んで、  また、同期会やらなきゃね!」 梨沙は、自分の事は云わない。 二人の前では明るく振る舞う。 「ウン… そうだね」 茉由は、翔太と会う事に 少し… 「駿が珍しく、  仕切らないみたいだけど、  梨沙が纏めてくれる?」 咲は嬉しそう、 「駿は、テレチャッテ、  でしょ!」 梨沙は揶揄う。 「うん…」 咲ははにかむ。 「オメデトウ、咲!」 茉由は心から祝福した。 また、同期会、皆が、集まれる! 梨沙が、同期会の為の店選びを佐々木に相 談すると、意外にも、咲の部屋に集まるこ とを提案された。自分たちの為に、よけい な出費をさせたくは無いらしい。 佐々木は、堅実? 咲は、それで嬉しいの だろうかと梨沙は心配になる。「皆で祝福 したいハレの場なのに、自宅で良いの?」 咲は、 皆の気持ちが嬉しいから、場所にはこだわ らないと梨沙に伝えた。 この同期会については、佐藤には、佐々木 から伝えられた。佐々木は佐藤には、同期 会の事だけ伝えられ、「茉由が、関東に戻 ってきたし…」などと、付け加えられた。 佐々木も、咲や梨沙と同様に、茉由と佐藤 の、関西での家族ぐるみでの生活があった 事は知らない。 佐藤は、同期会に参加することを佐々木に 返事するとともに茉由にメッセージを送 った。「まだ、皆には、関西での事を、云 わないようにしよう」と。短いメッセージ を茉由に送った。 茉由も「承知しました」と佐藤に返信した。 明るく、嬉しい、喜び、の、 久しぶりの全員参加の同期会! この同期会の本当の目的が何か分からな い佐藤は、久しぶりの関東なのに、あっさ り、ただの飲み会気分で登場し、片手に 軽々と、ビール缶、24缶入りの箱を二つ 抱えていた。 梨沙は、今日のご馳走が気になり、 早々と入り込み、咲の料理の手伝いをして いた。佐々木と茉由は、一緒に来た。今日 のデザートと、梨沙用の肉を手にして。 咲は、今日のメインは鍋にした。煙も、油 もあまり広がらない、出ないように考えた。 「すき焼き」ではなく、「しゃぶしゃぶ」 が用意されていた。 鍋を覗き込んだ梨沙は、 「また、さっぱり、メニューなの?」と少 し不機嫌になったが、佐々木と茉由が「肉」 を持って来たので、少し機嫌が良くなった。 咲は、チャントしている。鍋は二つ。 茉由以外のメンバーには、辛くて脂っこい 四川風「火鍋」を用意した。 鴨腸、肥牛、羊肉、毛肚などの肉系の具材 だけではなく、魚系の具材、野菜系の具材、 ツケだれの油蝶もある。梨沙と男どもには、 この方が嬉しい。茉由はその鍋が初めてで 「見るからに刺激的」で驚いた。 どちらにせよ、鍋ならば、咲も座っていら れる。独りだけkitchenにへばり付かなく ても良いし、最後の片付けも大変ではない。 それに、温野菜は、茉由も好むから、「食 べられない」ものが多い茉由にも嬉しかっ た。なんだか、partyっぽくないけれど、 咲は茉由の身体の事もチャンと考えて鍋 にした。 「さぁ~ 今日は、チャンと      乾杯できるかしら?」 咲は、前回の同期会では、佐藤が先走り、 乾杯はできなかったことを蒸し返す? 佐藤が持ち込んだビール缶を皆に配った。 「おっ、じゃぁ、  俺が差し入れしたから、  良いか? 乾杯するぞ!」 佐藤は仕切ろうとする。 「良し! 翔太に任せる!」 佐々木は、自分が主役になる事が分かって いるから佐藤に華を持たせる。 「では! 乾杯!」 「乾杯」「乾杯」「乾杯」「乾杯」 茉由と梨沙は隠しておいたブーケの様な 小さな花束を咲に持たせた。 「嬉しい!ありがとう‼」 咲ははにかむ。 「あぁ~『宅飲み』  ッて良いな!  くつろげるし、  閉店しないし…」 そんな空気が読めなくはないが、わざと、 空気をかえる? 佐藤は、もう、一缶めを空にした。 この体格なら、かなりの量が必要になる。 「あのね… 翔太?    私と駿はね...」 咲が、俯いたまま、小さく呟くと、 「エッ?」 佐藤が訊き返そうとする、と…、 「俺たち結婚した!」 佐々木はすかさず口を挿む。 「エッ? それで? 同期会?」 佐藤だけが、知らなかった、事。 「そうかぁ~ おめでと~」 佐藤は、二缶めを開けると、二人の前に突 き出して、乾杯のポーズをした。爽やかな 笑顔付きで。 「式はこれからか? もうしたのか?」 佐藤は佐々木に尋ねる。 「婚姻届けはもう出した!」 「エッ?」 「ハヤ!」 茉由と梨沙は驚く。 「そうなの、役所には、  もう、往っちゃった!」 咲は照れながら、左手の指輪を見せる。 佐々木は、ニヤケながら、後ろで腕を組ん でワザと隠す。咲は、佐々木を睨みつけ、 腕を前に引っ張って見せる。それを観てい た三人は、あまりにも… 似合わない二人 のジャレアイに呆れた。 「ナンだぁ~ 早いなぁ~」 いつも何事にも早い佐藤もこれには驚い た。すかさず、三缶めを開ける。 梨沙は、鍋の様子が気になる。茉由は、咲 の指輪が気になる。咲はいつから指輪をし ていたのだろう… bridal ringには、その時の流行りがある。 茉由は、指が浮腫んでしまうので、指輪は しない。それに、もう、自分のモノは随分 と前のモノなので、咲の指に輝く、指輪が 眩しい。 「わぁ~!ステキィ~‼」 茉由は羨ましそうに、咲の薬指をみつめる。 咲は、鍋に野菜を加えて、皆に、座るよう に案内する。なんだか、所作がちゃんとで きていることに、茉由と梨沙は引き気味に 驚く。さっきから、意外過ぎる、咲の健気 さ?に… まぁ… 佐々木は、亭主関白が似合いそう だが、咲は… 健気な感じは似合わない、 と、思っていたのだが… なんとも不思議 な… 雰囲気が、この鍋の近くにはある。 「ねぇ~!」 梨沙は、催促するように、小皿を手に、 箸を銜え、鍋の前に並んだ佐々木と咲の 向かいに座った。 「じゃぁ~ 食うかぁ!」 佐藤も、肉の皿をかかえ、梨沙の横に 座った、 茉由は… 佐藤との距離を、どうとったら 良いのか分からないから、梨沙と、咲の間 に座った。佐藤とは向かい合った。 …翔太は身軽だから、関西に居てもスグに こっちにも、来られるんだ… 茉由は佐藤の正面に座ったことに少し後 悔した。なんか、目を合わせづらい… 梨沙は、とりあえず、肉を食う。黙って、 肉を食らう。それを観た佐藤は、一緒に、 肉を食う、佐々木は、二人に合わせて肉を 食う、咲は、立ち上がって、次の肉の準備 をする、茉由は、温野菜の水菜を食べる。 皆、暫くは沈黙。 「今日は?何の日だ!」 佐々木が、梨沙と佐藤の様子に呆れて、 言い放つ、 「おっ! オメデト…」 佐藤が頬張ったまま、呟く、 「おめでと…」 梨沙はモゴモゴしながら、肉が気になる。 佐藤の近くに座らなければ良かったと、 後悔する。 「おめでとうございます!」 茉由は、佐々木に向かって気持ちを伝えた。 「茉由だけかぁ~  もう、イイや‼ 俺も食う!」 佐々木は、佐藤と梨沙に負けるのが悔しそ うだった。 「......」 茉由はkitchenの咲の処へ退散した。この 三人にはかなわないから。 「咲?『別居婚』じゃなくても良いんじゃ  ない?駿、優しそうだし、頼りになる  し、一緒に暮らしても良いじゃない」 「うん、今は… 私…  子供はまだ考えていないって言ったじゃ  ない、ずっと、二人が、一緒に、暮らして  いたら、子供が、欲しくなるかもしれな  いし…」 「如何して子供をつくらないの?」 「うん、まだ、母親になる、自信が、  ないから…  しばらくは、駿の、事だけ、      考える、つもりだし...」 「それだけで?」 「子供ができたら、今までの自分が、  私が、私でなくなるから…」 咲は時々、鋭い事を言う。 けれど、茉由には分からない。 「私には分からないけれど」 「うん、茉由には、  分からないかもしれない」 「......」 本当に、茉由には分からない。 …結婚は、自分が変わる事?母親の私は、 本当の私じゃないの?咲の言葉の本当の 意味が分からない… 咲は今、仕事が充実していて、一日に仕事 をしている時間は、12時間以上。10時過 ぎに仕事を終えて、自宅に帰る。でも、睡 眠時間は、5時間はとりたい。すると、職 場の往復と、食事や入浴時間を覗くと、空 いている時間はほとんどない。 それに、咲の設計の仕事は、自分で決めた 時間には終わりに出来る仕事ではない。 「いつまでに仕上げる」との期日までに終 わらせる必要があるから、 図面が出来上がるまでは仕事を終わる事 ができない。それに加え、設計変更も何度 もあって、その繰り返しになる。自分の家 庭、都合に合わせて生活をするのは難しい。 佐々木は、ベタベタする関係は好まないか ら、休日に、佐々木に向かう時間があれば 良い。それならば、別居をしていた方が、 平日は、仕事を中心にした時間の管理も楽 にできる。「週末婚」「別居婚」が咲に は合っている。 佐々木も、 仕事も、順調で、忙しく、時間が足りない くらいだから、仕事日には自宅に戻れば、 寝るくらいの時間しかない。 帰宅したら、入浴を早く済ませ、少しでも 睡眠時間を確保したい。営業は、人と向き 合い、先方の都合で動くことが多い。 仕事日には、何時に仕事が終わるのかなん てハッキリはしないから、妻に帰宅時間は 伝えられない、 家庭で、妻に「待っていられる」のは、 それが気になってしまうから、困る。 佐々木は、 自分の為に、「相手に無駄な時間を過ごさ せる」 そんな事を、大切な人にさせたく はないと考えている。佐々木らしい優しさ、 が、ある。 「好きな人のために…」は、咲にも、  佐々木にも、重いのかもしれない。 相手を最大限に尊敬し、負担にならない、 無理をさせない、無駄なことはしない。 咲と佐々木は、二人とも、同じことを、 考えている。 「そうなんだ…」 茉由は結婚してすぐに母親になったので、 結婚と子育ては、ほとんど同時にstartし、 バタバタしていたが、母が近くに居たので、 茉由自身はあまり変わっていないのかも しれない。でも、 咲は、きっと、何もかも自分でやりたくな ってしまう。だから、仕事をしながらでは、 無理が生じる。 結婚しても、咲と茉由は、同じではないの だろうか… でも、それぞれに考えがあり、 境遇も様々なのだから、それぞれの生活に は、違いがあるのは当たり前かもしれない。 咲が別居婚を選ぶのであれば、茉由と咲と 梨沙の関係も、今まで通り? つき合いや すいのかもしれないし、ここへも、これか らも、訪ねてくることは、多いかもしれな い… 茉由は、そんなふうにも考えられた。 「さぁ、肉の追加、持って行かなきゃ!」 「そうね!」 咲と茉由も、肉の争奪戦に参加する?ため に、鍋に向かう。 「遅い!」 佐々木は、咲に詰め寄る。 「ゴメン!」 咲は強い。 「私も食べてみようかな?」 茉由も箸を持ち上げる。 「良いよ、食べなくて!」 佐々木は肉を守る。 「そうね! 茉由は食べなくていいヨ」 梨沙は、鍋に伸びた佐々木の腕を止める。 「だな!」 佐藤は、何缶め?かのビールを開ける。 「......」 咲は失笑する。 「なんでよ!」 茉由はスネてみる。 この5人の仲は変わらない。 「ずっと、このままが良い…」 関東に戻ったばかりで落ち着かなかった 茉由をこの同期たちはすっかり安心させ てくれた。この場では… 「結婚報告会」は終わった。佐々木はその まま咲の部屋に残るといった。 梨沙は満腹に満足して、お腹をさすりなが らゆっくりと動いていたが、あっさり、先 に帰った。梨沙が帰る社宅の門限は10時 のままで厳しかった。 茉由は、片付けを手伝い、出ようとすると、 佐藤が残っていることに気づき、酔っぱら った佐藤を介助しながら、 「翔太? 大丈夫? 帰ろ…」 茉由は優しく、大きな身体の佐藤を支える。 佐藤は、どこまで正気か分からない。茉由 に支えられると、静かに歩きだした。二人 は駅に向かっていた。 佐々木は皆が引き揚げたのを確かめると、 Livingで後片付けをしていた咲に、ゆっ くりと近づいた。片づけを手伝いながら、 軽い口調で、重たい事を言う、 「なぁー やっぱり、一緒に暮らすかぁ?」 佐々木はぶっきら棒に、唐突に口に出した かようによそおう。咲は、少し驚いたが、 察しが良く、落ち着いたままだった。 「私と駿だけ… 二人じゃぁ、  決められない事なの?」      二人は再び、見つめ直す… 茉由は、ノソノソ歩く佐藤を支えていた。 もう、駅が見えてくると、擦違う人も多く なってきたけれど… そんな周囲に構わず、急に、佐藤が叫び出 した。 「茉由、大丈夫か?」 「大丈夫よ!私はそんなに  飲んでいないから」 茉由も佐藤に合わせ大きな声を出した。 「違う! こっちに還ってきてから、  大丈夫なのかって聞いてるんだぁ!」 「……」 突然、大声で、答えられない事を言われ 茉由がオドオドすると、 「茉由!おまえが、大丈夫じゃなかったら、  俺は、おまえを、このまま、連れて行く!」 「エッ?」 そんな事を言われても、茉由にはどうしよ うもない。 「......」 佐藤は立ち止まり動かない。駅に背を向け る。茉由は、大きな佐藤を動かせないから、 どうしようもなくその場で立ち往生する。 こんな時には、デカい身体は厄介だと茉由 は呆れる。 咲の処では、佐藤と茉由は、自分たち、二 人の事は、お互い、何も話ができなかった。 佐藤だって、茉由に云いたいことはある。 困った顔の茉由を気にすることもなく、大 きく胸を広げて深いため息をつくと、佐藤 が、ゆっくりとした toneに変わる。それ でも、いつもの佐藤じゃない。 「大丈夫なのか?」 「……」 茉由は人が行交う周囲も気になり、少し佐 藤から離れ、何も答えられない。 佐藤は、まだ酔っているのか、落ち着きが なく、そんな茉由に苛立ち、茉由に詰め寄 る。再び、声が荒らぐ、 「大丈夫かぁ!」 「翔太? 怖いよ」 「怖くないぞ!」 「怖いじゃない!」 「怖くない!」 「……」 茉由は、前に進めない。佐藤と、一緒に歩 いていけない。佐藤は荒々しさが増し、 その様子に茉由も少したじろぐ。 「翔太、酔っぱらってる…」 「酔ってない!」 「電車じゃなくて、taxi探そうね!」 茉由は、「方向を変えよう」と、佐藤の背 中に手をそえて支えた。 「ゼンゼン酔っていない! 茉由‼  おまえは、どうして…」 佐藤は、茉由を黙らせたいのか、自分を支 えていた茉由をおさえつけ、その勢いに 任せ、無理やり唇を圧しつける。 バチン‼ 茉由は、反射的に、佐藤の頬を叩いてしま った。佐藤は茉由をみつめたまま呆然とす る。でも、哀しそうな眼をしている。 「迷子の子供」みたい… 「…如何したの? 翔太…」 「......」 乱暴に唇をブツケラレても何も感じない。 茉由は、自分が意外にも「強い」ことにも 驚く。振り切った掌を元に戻せない。 こんなに、ハッキリとした態度をとってい る自分が他の人みたいに感じた。佐藤を叩 くなんて、そんなつもりもなかったのに… 自分でしたことに、驚いたのは佐藤も一緒 だった。 大きな身体の佐藤と、背の高い茉由は、た だ立っているだけでも、駅前では目立つ。 何も知らない人たちでも、なかには、振り 返る人もいる。 「フッ…」 佐藤は、茉由の方を向いたまま、 力なく作り笑いをした。 茉由は、まだ、動けない。 「…ゴメン」 佐藤は、ゆっくりと、茉由に手を差し出す。 「大丈夫だから、電車で、帰ろう…」 茉由の背中を優しく押す。 「......」 茉由は、黙ったまま、再び、佐藤と駅に向 かった。駅のホームに着いても、まだ二人 は黙ったまま並んでいた。 「茉由、ゴメン、おまえだけ、先に、電車  に乗れ… 俺は、次の電車にするから」 やっとホームに電車が入ってきた。二人と も、乗る電車の「方向は同じ」だったが、 佐藤は、もう少し、気持ちを落ちつかせた いのか、そこに残りたがった。 「……」 茉由は素直に従った。このまま、自分はの こらない方が善いと思った。 佐藤に背中をおされたまま、電車に一人乗 り込んだ茉由は、振り向かずに、 佐藤に背中を向けたままにした。なにも、 声を掛ける事ができなかった。 茉由は、あんなに高井と佐藤を比べていた のに… 佐藤とは、分かり合えると思って いたのに… でも… こうして佐藤を前にすると、その 勢いは、茉由には止められずに、佐藤の思 いに、おされるままになる。 …私は、そんなに、弱くないから、             大丈夫だよ… 茉由は自分に言い聞かせてみる。 茉由からは何も云ってもらえ、な、かった、 佐藤は、関西に、独り、戻る。 周囲を、高井の為に動く者に囲まれた、 関西で、佐藤は、どう、動くのか… 佐藤は… 歯止めがかからない…
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