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はじめての場所というのは、どうも緊張する。
【神管理局】と書かれた門の前で立ち止まり、常波は己の姿を念入りに確認する。普段よりも時間をかけて身づくろいをしたが、髪の毛は相変わらずもじゃもじゃのままだ。頑張ったが、どうにもならなかったのだ。やはりしずか芽乃子にでも頼んで、整えてもらえばよかったと後悔しながら、門をくぐった。
ほおお、と常波は思わず感嘆の声を上げた。なんとたくさんの神がいるのだろう。見るからに武神といった様子の大柄な男。きらびやかな金細工を縫いつけた衣の女性は、いったい何の神であろうか。中には常波のような童子の見た目の神もいるが、堂々たる姿の神ばかり目について、なんとなく格負けした気分になる。やや迫力に圧されながらも、人の波を縫うように、常波は書簡で指示された受付へと向かう。
受付で書簡を見せると、係に廊下でしばらく待つように言われた。言われた通り、廊下の長椅子に腰かけて待つ。常波の他にも、資格を取りにきたらしき神々がちらほらといる。芽乃子が見せてくれた顕札という神の証を身につけていないから、きっとそうだろう。皆、どこか不安そうに、天井やら壁を見つめている。同じ立場の者が生み出す空気は、むしろ常波を落ちつかせた。
何を問われ、何を命ぜられるのか。
前もって知っておこうと芽乃子に訊いたものの、妙に口が重く、結局教えてもらえずじまいだった。だが、芽乃子でも取れたのだ、そう無茶なことは言われまいと、良いふうに考えるしかなかった。
やがて名を呼ばれ、通された一室は、入ってすぐに木机が一列に並んでいた。机を挟んで、管理局の係と神が一対一でやり取りをするようだ。
常波が席につくと、資格に関わる業務を行う【管理官】が正面に座った。
管理官は強莉と名乗った。
「常波さん、とおっしゃるんですね」
「へえ……あ、はい、そうです」
出来る限り丁寧な受け答えをと、常波は慎重に答えた。
「今は常波神社に奉られていらっしゃるんですね」
「はい」
「神社の名はとこなみで、お名前はとこはなんですね」
「……はい」
なんの意味があるのかわからないやり取りをしながら、強莉は手元の用紙に何かを書きつけている。
「海神でいらっしゃるんですよね。常波さんは、今は神として、どのようなお務めをなさっているんですか?」
「ええと、海が荒れてきたら、沖に出てる船が浜に帰る手助けしたりしてます。あとは漁道具の付喪神のまとめ役とかもやらせてもろうてます」
なかなか資格を取りに出向かなかった分、厳しく見られてはかなわない。神の務めを真面目に果たしているのだと伝えなければならぬと、常波は目いっぱい明るく、はきはきと答えた。
強莉は「やはり」というような顔をした。それからしばらく黙っていたが、ふーん、とうなって、筆の尻でこつんと机を叩く。
「そのようなご行為は、今後は無用です」
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