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それ以来、しずは時おり、親に伴われて常波神社へやって来るようになった。六つのころにはひとりでも参道を登ってやってくるようになり、
――ねえねえ、いるんでしょう
と、ときに花かんむりを作りながら、ときに泥の団子を作りながら、常波に呼びかけるのだった。
何がそれほどにしずを駆り立てたのか、とうとう根負けした常波がやけっぱちにしずの前へと現れると、
――あらぁ
と、それはそれは嬉しそうに笑ったのだ。
弾けるような笑顔で、作っていた蔓かごを放りだし、ひょこひょこと駆け寄ってくる。
参道として多少は整えられているとはいえ、このひょろひょろの足で、いったいどれほど苦労して登ってきたのだろうと思うと、もっと早く出ていってやればよかったとほんの少し後悔した。
しずはきらきらした目で常波をまじまじと見つめ、
――やっぱり居たのねぇ。ばっちゃんが言ってたのよ、あたしの見たんはきっと、常波神社の神様だって。そうなんでしょう?
――そうや。おれがここの神や
――あたしはしずよ。お名前は?
神ともあろうものがみだりに名乗るのもよくはない。とはいえ、相手が名乗ってこちらが答えぬのもきまりが悪い。そもそも、姿を現しておいて、もはや手遅れだ。
――常波
――とこは。かわいい名前ね
見た目の年頃は常波がちょいとばかし上なだけだが、中身は何百年もの隔たりがある。それでなくともかわいい、なぞ言われて嬉しいわけもない。
けれど無邪気に笑うしずに、【大人げなく】怒る気にもなれない。
――お前、いったいなんのつもりじゃあ。こんなとこに何べんも。おれぁこの海の神や。なんぼ参っても背ぇも伸ばせんし、身代も築けんぞ
しずはきょとんとしている。
己の心を見定めるように、うんうんとひとりうなずいて、
――あたし、ただもう一度あんたに会いたかったんよ
もう一度――それから八年。しずはいつしか常波の背を追い越し、ちんまりとしたおかっぱ頭は結わえられるほどに長く伸び、ずいぶんと娘らしい面立ちになった。
神として形を得たころから、まったく姿かたちの変わらぬまま過ごしていた常波は、そんなしずの成長を見るのも楽しいのだった。
「そういえばな、神の資格とかいうもんができたんやと」
採ってきたばかりの桑の実をつまみながら、常波はつい先日やってきた天照大神の御使いという者から賜った、書状をひらひらとさせた。
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