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しずが、この村に戻ってくるという話を耳にしたのは、睦月も終わりに差しかかるころ、漁道具の付喪神から、海の魚の具合を聞いて回っている途中だった。
しかも、一時ではなく、ずっとだという。
まさか、と付喪神をおっぽり出して、立ち話に興じる女たちの話に聞き耳を立てたが、どうやら真のようである。
うまずめ、とか、家を追い出されたとか、やや不憫そうに、どこか楽しむようにしずを語る数多の言葉から、しずが良い理由で村へと戻ってくるわけではないことは、嫌でもわかった。
だが、しずがこの村へ戻ってくる。
またしずが社へやってくる。
そんなことを思うだけで、常波は心のどこかがあたたかくなるのだ。
常波はそそっと女たちに近づく。
「もう何年や?」
「十年……もっとかねえ」
「それにしたって、いまさら漁でもやる気かね」
「無理やろぉ」
鼻で笑ったのは、村の網元の娘で、かやという。
神として、人の性根にとやかく言いたくはないが、かやは癇癪持ちで、とにかく悋気が激しく、また人の悪口が好きと、あまり褒められた気性の持ち主ではない。
しずのことを快く思っていないのは、今にはじまったことではない。何が気に入らぬのかは知らないが、しずがまだ村にいるころから、他の娘たちを引き連れて、やたらと突っかかっていた。
さすがにもう八つと五つの息子を持つ母親だ。最低限の分別は持ち合わせているだろうと思っていたが、この態度を聞くにそうでもなさそうだ。
「何ができる、いうんかね。ま、どうでもええけど」
そうは見えぬ顔で、かやは吐き捨てた。
「せっかく村に戻ってくるいうんや、やさしく迎えられんのか! 網元の娘やろう!」
聞こえぬとわかっていて怒鳴ると、常波は思わず足元の砂を大きく巻き上げた。
「わっ、なんや!」
「浜風かいねぇ」
かやの驚き声を背に、常波は肩をいからせて付喪神たちの元へと戻ったのだった。
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