神様の資格 ~常波としず~

7/18
前へ
/18ページ
次へ
 2  しずが、この村に戻ってくるという話を耳にしたのは、睦月も終わりに差しかかるころ、漁道具の付喪神から、海の魚の具合を聞いて回っている途中だった。  しかも、一時ではなく、ずっとだという。  まさか、と付喪神をおっぽり出して、立ち話に興じる女たちの話に聞き耳を立てたが、どうやら真のようである。  うまずめ、とか、家を追い出されたとか、やや不憫そうに、どこか楽しむようにしずを語る数多の言葉から、しずが良い理由で村へと戻ってくるわけではないことは、嫌でもわかった。  だが、しずがこの村へ戻ってくる。  またしずが社へやってくる。  そんなことを思うだけで、常波は心のどこかがあたたかくなるのだ。  常波はそそっと女たちに近づく。 「もう何年や?」 「十年……もっとかねえ」 「それにしたって、いまさら漁でもやる気かね」 「無理やろぉ」  鼻で笑ったのは、村の網元の娘で、かやという。  神として、人の性根にとやかく言いたくはないが、かやは癇癪持ちで、とにかく悋気が激しく、また人の悪口が好きと、あまり褒められた気性の持ち主ではない。  しずのことを快く思っていないのは、今にはじまったことではない。何が気に入らぬのかは知らないが、しずがまだ村にいるころから、他の娘たちを引き連れて、やたらと突っかかっていた。  さすがにもう八つと五つの息子を持つ母親だ。最低限の分別は持ち合わせているだろうと思っていたが、この態度を聞くにそうでもなさそうだ。 「何ができる、いうんかね。ま、どうでもええけど」  そうは見えぬ顔で、かやは吐き捨てた。 「せっかく村に戻ってくるいうんや、やさしく迎えられんのか! 網元の娘やろう!」  聞こえぬとわかっていて怒鳴ると、常波は思わず足元の砂を大きく巻き上げた。 「わっ、なんや!」 「浜風かいねぇ」  かやの驚き声を背に、常波は肩をいからせて付喪神たちの元へと戻ったのだった。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加