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ギシリ、ソファが軋む音が耳に届いた瞬間には、顔を隠していた筈の台本は奴の手の中だった。
「…返してよ。」
座っていたって私より目線の高い奴を睨むように見上げながらそういうと、男はその台本を自分の傍に置いて1つ長めの溜息。
「……志麻さんさあ、勘弁してよ。」
「何がよ。私、忘れてって言った。」
「無理でしょ。
俺、心に残った言葉はなかなか忘れないんだよね。
好きなセリフもそうだけど、志麻との会話は忘れない。」
「職業病なら治療した方が良いよ。」
視線を合わせず、そんな風に可愛くない言葉を吐く私なのに翠は全く気にしていないようだ。
クスクス笑いながら、細長い指が自然な動作で私の目元を拭う。
そうして初めて、さっきよりもより距離をつめられていることに気がついた。
「…共演できて、俺だって嬉しいに決まってるだろ。」
「翠の嬉しいと一緒にしないで。」
謎の張り合いを見せる私に、翠はなんでだよ、と可笑しそうに破顔する。
「……業界でも演技に対する姿勢が素晴らしいって評判の國立さんとご一緒できて、光栄です。
ずっと、願ってましたから。やっとです。」
急に言葉を丁寧にして、翠はそう言って微笑む。
ちょっとだけ、泣きそうに見えた。
何それ、揶揄ってるの?なんて冗談めかして返すには、優しくてやたらと甘いトーンで、心にす、と入ってきてしまう。
追いかけて、追いかけて、"やっと"。
私は、翠と同じ目線に立つことが出来た気がした。
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