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ふう、と自分を落ち着かせるかのように深呼吸をした翠は、やっと私と視線を合わせる。
綺麗な茶色の瞳の中に窓からの月明かりが反射して、より妖艶な美を映し出していて私はいとも簡単にそれに囚われてしまう。
「___志麻。結婚、しようか。」
「っ、」
いつもの軽い調子なんて微塵もなくて、低く優しい声色が、静かな寝室に小波のようにゆっくりと響いていく、そんな感覚だった。
だから、その言葉が届いてから頭で理解するまでに少し時間がかかってしまった。
そして、じわりじわりと理解が追いつくと共に私の視界は滲んでいく。
自分の胸から迫り上がる何かが、瞳からもう今にもこぼれ落ちそうになるのに、目の前の男が私の手を離してくれないから拭うこともできない。
「な、んで…急に…」
「……志麻、サプライズとか嫌いじゃん。」
それは確かにそうだけど。何それ、関係ある?
眉を潜めて首を傾げる私に、翠は苦笑い見せた。
「…お洒落なお店でとか、色々考えたけど。
でもやっぱり志麻には、シンプルに伝えるのが良いかなと、思ったんだけど、」
語尾がどんどん小さくなる翠は、本当にいつもと違って不安気で。
"そもそも何で帰る家が違うのかって、思わない?"
"…………よもぎさんに、会ってみる?"
嗚呼、なんか、ちょっと分かったかもしれない。
先程の不可解な問いは、このためだったのかと合点がいったわたしはふと、息を溢して思わず笑ってしまった。
「…え、何。」
「……分かりにくいよ。」
「……ごめん、ちょっと本当に緊張した。」
らしくなく、頭を掻いて気まずそうにそう言う翠にじんわり胸の温かさが募る。
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