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「ああ、でも理由ならある。」
「理由?」
「志麻ってさ、悩むと煮込み料理作るよね。」
「……え、」
たしかに今日、こんな予定が入らなければ私はチキンのトマト煮込みを用意していた筈だったが。
自分さえ知らなかったその傾向に、驚きの顔のまま再び翠に視線を向ける。
少しだけ眉を下げて、こちらを見て笑う男はやっぱり芸術作品のように綺麗な顔立ちだった。
「……志麻、今度のドラマの役作り相当悩んでるだろ。」
「、」
急にそう言われて、私は反応が出来なかった。
だけどそれを、翠が肯定だと捉えるのは容易かったようだ。
「……志麻。演じるのは、大変なことだよ。」
「…っ、」
「どれだけキャリアを重ねても、それは当然だから。」
「………翠でも?」
聞き返した言葉は、自分でも弱々しいと分かる小さな声だった。
「当たり前じゃん。
悩んで、どーしようって迷いながらなんとかやってる。」
「…そ、か。」
今度のドラマでオファーのあった役は、今までに挑戦したことの無いような複雑な家庭環境を持つ女性。
向き合えば向き合うほど、
"これで正解なのか"
そんな迷いが湧いては消えて、焦燥感が心を支配して。
「國立さんなら大丈夫」有難いことにそう言ってもらえる機会が増えたその期待に応えたいけど、本当に私で演じ切れる?
その不安と闘うのは、まだまだ未熟だからだと思っていたけど。
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