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「・・・キレてるんじゃなかったのか。」
「誰が言ったっけそんなこと?」
「脅して、決着つけるって息巻いてたくせになんなんだお前は。」
仁王立ちで両腕を組んで威圧感たっぷりに詰め寄る比佐に、俺は微笑みながらそう惚ける。
「・・・じゃあ比佐は、志麻が企んでるって思うわけ?」
あの態度で今からハニートラップ仕掛けてくんの?
逆にそれはそれで気になるんだけど。
楽屋のソファから起き上がって、そう問いかけると少しの沈黙の後、比佐は首を横に振った。
「…それは無い。
多分そんなこと、あいつがさせないよ。」
あいつ、ね。
電話の密告者は、どうやら志麻に近しい人物らしい。
「じゃ、俺台詞の確認してくるから。」
そう言って立ち上がると、比佐は、はあ?という顔でこちらを怪訝そうに見つめる。
「ここでやればいいだろ。」
「…良い場所、見つけちゃったんだよね。」
台本をひらひら振りながら部屋を出て行こうとする俺を、比佐は呼び止めた。
振り返ると、想像したよりも険しい顔の比佐と視線が絡む。昔から、その真っ直ぐな目に俺は案外弱い。
「……翠。分かってるよな。お前は、これからの準備をする段階だろ。」
「分かってるよ。
俳優仲間に会いに行くくらい、良いだろ。」
最後は視線も合わせること無く、逃げるかのような言葉だった。
「…側からは、そうは見えないから言ってんだよ。」
深い溜息と共にそう呟く比佐の言葉は聞こえなかった。
"これから"に、少し目を逸らしている俺を見て、あの子ならなんて言うだろう。
そんなことを考えながら、俺はすっかり歩き慣れた廊下を辿って、目的地へと向かった。
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