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第一章 ゾンビ女とレンタル彼氏
カタカタカタカタ……。
暗闇にキーボードの音が響く。それに返事でもするかのようにギーギーとパソコンが唸る。どちらも周囲に人のざわめきがあったならかき消されてしまうような小さな音だが、一人ぼっちの真夜中のオフィスでははっきりと聞こえる。
萩野みさをは完全に冷え切っているコーヒーに手を伸ばした。しかし、あまりの渋さに口に入れたことをすぐさま後悔した。
「あと少し」
みさをはラストスパートとばかりに指を走らせる。コードはとっくに頭の中で完成しているのに、それを打ち込むのにかかる時間がもどかしかった。文字を思い浮かべるだけで入力できる機械があったらどんなにいいかと思う。
「よし! 終わった」
最後の行を入力し終えた時、画面左下の時計は午前四時を過ぎていた。
「ええと、この件の依頼者は……。アプリ事業部の岸部さんか」
作業完了の定型文を貼りつけたメールを送信して、みさをは大きく息を吐いた。褒めてくれる人も労ってくれる人もいないが、このゲームをクリアしたような一瞬の達成感だけで充分だった。
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