epilogue

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 アンコールが二回終わり、客電がついても拍手喝采は止まらなかった。観客のほぼ全員がスタンディングオベーションで…中には泣きながら拍手している人もいた。 「平井さん、どうします?」  袖で観客席の様子を見ていたマネージャーが、興奮しながら聞いてきた。 「客電ついたのにアンコールが収まらないなんて滅多にないですよ?」 「挨拶だけじゃ収まらなさそうだよな…一曲、やるか」  合図をすると客電が消された。観客席は期待と興奮で、ますます拍手と歓声が大きくなった。 「みなさん、今日は本当にありがとうございました!」  ステージ横から中央へ、マイクを持ち話しながら歩く。拍手はさらに大きく鳴り響いた。スポットライトに照らされたステージからは、観客席はよく見えない…が、目が慣れてくると、一人一人よく見えた。 「今日は本当にありがとうございました。最後に、アコースティックバージョンということで弾き語りをさせてください」  グランドピアノの前に座り、マイクをスタンドに差し込み位置を調整する。ピアノの上、満面の笑顔を浮かべた千夏の写真に、視線を送る。 「とても、大切な曲です」  一息つき、集中する。さっきまでは割れんばかりの拍手喝采だったのに、今はしんとして、物音1つしない。ブレスの音が、マイクを通して響く。 「ピエヌ」  弾き始めると、少し風が起きた気がした。オレンジとミントの香りは、ただの気のせいかもしれない。それでもオレは幸せだった。歌い、弾いている間は…ずっと、千夏の気配を感じるからだ。  目に見えない世界を、信じることはなかった。けど今、オレの感覚は千夏の存在を捉えている。  ピアノの音。鍵盤を叩いた時の感触。ペダルを踏むときの、足首にかかる圧。声帯を通り体の中に響く…この声が、千夏の存在を感じさせてくれる。  ねぇ、隆司?  ずっと、歌ってね?                     ━了━
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