豪雨と一番星

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 給湯室へ行くと先客が一人。  大抵は同じフロアの女性社員が数人で集まっておしゃべりをしているけれど、珍しく男性社員が一人。  コーヒーの香りが漂ってくる。  壁に凭れてスマートフォンをいじっているその人は、ドリップを待っているようだった。 「お疲れ様です」  一言声をかけて給湯室に入ると、彼はふと顔を上げて私を見る。 「お疲れ様です」  口の端に小さく笑みを浮かべて返してくれた。  すっきりした髪型と人当たりの良さは営業かな。  3つ並んだオフィス用のコーヒーメーカーは、コンビニのものと同じような仕様で、ボタンを押すと一杯ずつ豆を挽いて淹れてくれる。大のコーヒー好きな社長が導入したもので、同じくコーヒーが好きな私には嬉しいところ。わざわざ外に買いに出なくても、おいしいコーヒーが飲めるのは大きい。  ボタンを押すと、ガラガラとコーヒー豆が落ち、挽いている音がする。この時にいい香りが立つのでつい深呼吸。  すると、後ろから小さく含み笑うような微かな気配。  肩越しに振り返ると、営業(便宜上)の彼が私を見て微笑んでいる。 「コーヒー、お好きなんですね」 「……はい」 「とても嬉しそうな顔だったから」 「そう、でしたか……お恥ずかしい」  そんなに分かりやすかったかと、熱くなる頬を両手で押さえる。 「僕も好きなんですよ、コーヒー。だからこのマシンはありがたいですね。特に今日みたいな雨の日は」 「雨」 「降ってますよ。気づきませんでした?」 「知りませんでした。結構降ってます?」 「ええ。これからもっと雨脚が強くなるって予報が出てます」 「うそ……」  思わず声が漏れた。  朝の予報ではそんなことは言ってなかったから傘を持ってきてない。 「もしかして、傘がない、とか」 「……そのもしかして、です……。どうしよう」 「お迎えに来てもらうのは」 「誰もいません」 「恋人も?」  首を傾げて問われて、少しムッとする。 「どうせいません」  すると、彼は面食らったように目を瞬かせた。 「すみません、失礼な言い方をしてしまって……ええと、あ、僕は営業1課の志賀と言います。志賀(しが)哲弥(てつや)
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