豪雨と一番星

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「小山内さん」  終業時間まであと30分というところで、声をかけられた。 「はい」  パソコン入力の手を止めて顔を上げると、もはや恒例となった顔ぶれ。  夕方17時半に現れる、3人の魔女。  おそらく5分前に直したであろうメイクはばっちり。唇はツヤツヤ、つけまつげも綺麗にくるん、と上を向いているし、後頭部の高すぎない位置で纏められた緩い巻き髪もおくれ毛まで隙がない。  常につるんでいる人事部総務課の名物女子。  ちなみに「3人の魔女」とは私、小山内(おさない)(えみ)が心の中で呼んでいるだけで、決して口にしたことはない。  そんな魔女たちが私に何の用かなんて、聞かなくてもわかる。  終業30分前。  この時間に彼女らに声をかけられたらもう逃げられない。  残業決定。  魔女たちは胸に抱えていた書類をさも申し訳なさそうに差し出しながら、ツヤツヤの唇を開いた。 「このデータ整理、明日までなんだけど……私たちこれからどうしても外せない用があって……」 「分かりました。やっておきます」  最後まで言わせずに淡々と告げて書類を受け取る。  押し問答をするだけ時間の無駄。  特に帰ってもすることがあるわけじゃなし。 「ありがとう!助かる~!小山内さんならそう言ってくれると思ってた!いつも本当にごめんね。今度埋め合わせするから」  そんな「今度」はやってこないことは分かっているし、埋め合わせしてほしいとも思わない。  すでに今年度に入ってから月に10回のペース。  断る方がめんどくさい。  今から彼女らが何をするのかというと、ロッカーにこもって着替えだ。  お互いにコーデを確認し合って(それが本心なのか牽制なのか興味はないけれど)30分たっぷり使って身支度を整える。  仕 事 を し ろ 。  と言いたいところだけど、私はただの契約社員。  正社員の彼女らとは立場が違う。  波風立てず、穏やかに、がモットー。  契約社員だろうと、残業代はしっかりつけてくれる会社だし、文句はない。  とはいえ、あまり遅くまで会社に残っていたいわけでもないから、さっさと終わらせて19時には退社することを目標に、心の中で気合を入れる。 (でもちょっとコーヒーが飲みたいな)  ふと思いついて席を立った。
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