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「ハチ?」
私の足音が消えたのに気付いたのか、南雲が振り向いた。辛うじて声が届くほど離れた場所から私を呼ぶ。下を向いたまま一向に動かない私に、彼がこっちに向かって戻ってきた。
「ハチ。どうした?酔ったのか?」
心配してくれているのが分かる。なんだかんだ言いながら南雲は優しいのだ。怒っていても、出来の悪い同期を夜道に一人残して帰ったりはしない。
ううん、と首を横に振る。
「ほんとに?本当に大丈夫か?」
さっきまで機嫌が悪かったとは思えないほどの優しい声に、胸の奥がぎゅっと痛くなる。
“ただの同期”に、そんなに優しくしないで。どうせならずっと意地悪なままでいてよ。
(そしたらこんなに好きになったりしなかったのに……)
「ハチ?」
肩から下げた鞄の持ち手をグッと握って、私は顔を上げた。
「ハチ、」
「ごめんね!」
南雲の声を無理やり止めるように、私は明るい声を振り絞った。
「なんか変なこと言って怒らせちゃったんだよね?ほんとごめん。私ってばほんと、うっかり者で。これじゃ南雲に八兵衛だって言われても怒れないね。酔っぱらうとすぐ調子に乗っちゃうの。だからもう、二人で飲みに行くのはお終いにしよ?うん。コンビニでの恩はもう返せたでしょ?」
早口で一気に言い切って「じゃ」と、彼の方を見ずに足を踏み出す。小走りにその横を通り抜けようとした時――
「待てよ」
私の手首は、彼に捕まった。
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