flavorsour 第二章

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「……大丈夫」 「え」 「ごめん。もう平気、だから」 「……」 彼女の視聴覚と触覚で徐々に冷静さを取り戻して来た。 (そうだよ……俺は彼女の勘違いを利用して同棲まで持ち込んだんだ) 一緒に住むにあたり細かい取り決めの話をしている途中で過去から現在に至るまでを一気に想像してしまった。 それは俺にとって以来、ほぼほぼ忘れかけていた家族団らんという平和の象徴そのものの世界を創り始めようとしているプレッシャーからの逃げ──だったのかもしれない。 俺のことを何も知らずに誤解したまま一緒に暮らすことになってしまった彼女のことを思うと申し訳ないという気持ちが少なからずあったから。 「心配かけてごめんね。俺、時々意識がぶっ飛ぶ時があるから」 「意識が……ぶっ飛ぶ?」 「うん。だから気にしないで──」 「何か嫌なことでもありましたか」 「──え」 俺の取り繕いの言葉に彼女が反応して驚いた。 「意識を手放したくなるほどの何か嫌なこと──というか、ストレスになるようなことが」 「え、なんで」 「そういうのって現実逃避的な……」 「……」 スキデモナイオンナト クラスコトニタイスル ストレスカラノ フチョウジャナイノカシラ (あぁ、そういうことか) 彼女の心の声が聞こえた時、全て理解した。俺が言った『意識がぶっ飛ぶ』を彼女は、伊志嶺くんを手に入れるために利用しようとしているとはいえ好きでもない女と一緒に暮らすことに対してストレスを感じ現実逃避したくなった結果だと思ったようだ。 (そこまで考えるか) 俺自身があえて導いたかりそめの同棲理由だとしても彼女にとっては最早それが真実となっていた。 (これ以上拗らせたら厄介だな) こういう時、自分がもっと要領のいい人間だったらいいのにと思わずにはいられない。
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