flavorsour 第四章

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あの日──両親を亡くしたあの日から俺の中から失われてしまった感情。その感情が何の疑いもなくさも当然のように存在していた時に何度も感じていたもの。 それを今になって取り戻せるかもしれない──なんて考えるとどうにもおかしな感じだった。 人の心を知ることが出来る俺にそういったものはこれから先、訪れることはないだろうと思っていた。 人並みのそれを俺が手に入れることは出来ないと諦めながらも、どこか諦めきれなくて、何度も足掻いては傷つき挫折して来た。 それが今まさに俺の手に届く範囲にある。 「中華といっても色々ありますから……どうしようかな」 「……」 隣を歩く彼女を見つめながら様々な思いが去来する。 絶対に彼女を手放したくない。 他の男に取られたくない。 全てを俺のものに──そんな傲慢なことを考えつつ、だったらどうしたらいいのか。 結局は其処に至る。 このまま彼女には他人(ひと)の心が分かるということを言わずに伊志嶺くんとの誤解を解きつつ告白してしまうか。 本当のことを言ったところで彼女が信じるかどうか分からないし、ましてやこんな俺のことを彼女はどう思ってしまうだろう。 これまで付き合って来た女性たちの反応を参考にすれば撃沈確定だ。 しかし彼女は他の女性とは違う気がする。だからもしかしたらこんな気持ちの悪い俺でも彼女だったら受け入れてくれるのではないかと希望的観測をしてしまうのも確かで…… でも、しかし、いや、もしかして──そんな単語が順繰りと頭の中を巡る。そのグルグルと回る憶測に酔ってしまいそうだった。
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