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「榛名さん!」
「!」
不意に掌に温もりを感じた。其処に視線を移せば彼女が俺の手を握っていた。
「大丈夫ですか? 赤信号ですよ」
「……あ」
ぼんやりとしていたせいで危うく赤信号を横断しようとしていたらしい。
「なんだか顔色がよくないです。気分、悪いですか?」
「あーいや。そんなことないよ」
「でも──」
心配する彼女の言葉は口頭と思念からそのまま寸分違わず俺に届いた。
(あぁ……やっぱりいいな)
再度そんな気持ちよさに包まれ、一旦考えるのを止めた。
「ごめん。なんか何が食べたいかなって考えていたら気もそぞろになったみたい」
「……本当に?」
「本当本当。っていうか、なんか俺、麻婆豆腐が食べたい」
「……」
「あれ? ダメ?」
「……いいですね、麻婆豆腐」
「でしょう。それにやっぱり餃子と白飯は外せない」
「……」
フレナイデオコウ
不意にそんな小さな囁きが俺に届いた。
(……気を使わせてしまってごめん)
彼女の心の声が柔らかく俺を慰めてくれる。
いずれは答えを出さなくてはいけないことが沢山ある。だけど今はまだ彼女とのこの穏やかで心地いい生活に浸っていたい。
もしかしたらもう二度とこんな幸せな生活を送ることが出来ないかもしれない事態に備えて少しでも長く、この幸せな感覚を刻み付けておきたいと願った。
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