flavorsour 第五章

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だから急ぐ必要なんて全くないのだけれど──…… (分かっているの! 分かっているのにどうしてか脚が勝手にせかせかと動いてしまうの!) こんな状態になったことなんて初めてのことで私自身が其れに驚いていた。 「伊志嶺さん」 「っ!」 フロアを出てすぐ、知った声に呼び止められてドキッとした。 「珍しいわね、伊志嶺さんが終業チャイムと同時に席を立つなんて」 「さ、笹本さん」 声をかけて来たのは以前合コンに誘われた笹本奈美恵さん。あの合コン以来より一層気さくに話しかけてくれるようになったのだけれど、このタイミングで話しかけられるのは勘弁して欲しい。 内心そう思いつつも表面上はそんな気持ちを出すわけにはいかない。 「なあに? ひょっとしてデート?」 「いいえ。今日は両親と外食の約束をしていて」 笹本さんが何を言いたいのか、訊きたいのかはおおよそ予測していた。だから限りなく清々しい表情と口調で用意していた返答を告げた。 「両親と? 珍しいわね。確か伊志嶺さんって実家暮らしだったよね?」 「そうなんですけど母が見つけた美味しいお店に家族で行きたいといって」 「へぇ、仲がいいのね。うちなんて両親の仲が悪くて早く家を出たいと思っていたから今のひとり暮らしが楽しくて最高なの」 「そうなんですか」 (拙い……長くなりそう) 笹本さんは自分自身のことを語り出すと長くなると知っていた私はなんとかこの場から離脱しようと頭をフル回転した。
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