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(俺がもっと早くちゃんと言っておけばひとつ驚くことが減ったのに)
彼女は妄想の末、勝手に誤解して俺は同性愛者なのだと信じていたのは知っていた。だけどその誤解を利用してここまで来たことを今更ながら申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「そんな……だって……」
「俺、同性愛者だってひと言でもいったことがあった?」
「! そ……それ、は……」
「言っていないと思うよ。確かに伊志嶺くんのことはいい後輩で人として好きだとは思っているけど」
「人と……して?」
「うん。彼は見た目で損をする凄くいい男だって思っているけどそれは恋愛感情ではない」
「……」
「だから蘭ちゃんが心配していたような伊志嶺くんと奥さんの仲を引き裂くなんてこと、全く思っていないから」
「!?」
そこまで言って彼女は何かに気が付いたようだった。そして俺の顔を凝視した。
(うん……今、君が思っていること、そのまま口にしてごらん)
先刻から彼女の戸惑いを含んだ気持ちが俺の中に流れ込んで来ている。まさかという気持ちと、だけど──と葛藤する様子が手に取るように分かってしまう。
(こういう時、こんな力があってよかったと思うべきか……)
ここまで来たらもう後には引き返せない。そんなこと彼女が許さないだろう。こんな意味深で不可解な話を始められたら真実を知るまで俺との話を止めることはないだろう。
(だったら俺は君のその苦悩を解決してやるしか──)
出来ない、と思っていると彼女は意外な言葉を吐き出した。
「やっぱり……分かるんですね」
「!」
「私の考えていること、が」
「……」
背筋に冷たいものが走る──という体験をまさに今、体感した。
(っ、いつの間に?!)
そうしてようやく気が付いた。彼女から聞こえて来ていた戸惑いの気持ちが今は無くなっていることに。
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