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『……ごめんね……好きだったから』
(っ!)
先刻聞こえた途切れ途切れの声にハッとし、そしてその声の主が誰か分かった瞬間、更に驚いた。それは未だに忘れることが出来なかった亡くなった母の声だった。
そして母が語った言葉には聞き覚えがあった。それはあの忌まわしい日の──俺が普通ではなくなった日の今際の際に母から発せられた言葉だった。
(どうして今更)
何故こんなにも幸福感でいっぱいの時に思い出したくもない過去を思い出させようとする悪夢を見せようとするのか。
どこまで俺を苦しめようとしているのかと災厄の元凶である母を恨みたくなった。──しかし
『見えない愛がわたしをこんな風にしてしまったの』
続く母の言葉で強く頭を殴られたような錯覚を覚え、そして──忘れてしまっていた真実を思い出した。
ごめんね……邦幸……
お母さん、お父さんのことが好きで好きで……とても愛しているの
だけどお父さんの気持ちが分からなくて……信じることが出来なくて……
いくら愛しているって言われてもちょっとした行動や仕草や言動からそれを信じることが出来なくなっちゃって……
どうしたらお父さんを永遠にお母さんのものに出来るのかって考えたら……
こうするしかなかった……
もうとっくに限界だったの……お父さんを信じられなくて邦幸のためにと表面上仲のいい夫婦を続けるのには……
わたしは邦幸のお母さんという肩書よりもお父さんの……邦彦さんを愛するただの女としての肩書を選びます……
こんな愚かで馬鹿な母親でごめんね……邦幸……
せめてもの償いにあなたに……わたしのような愚かな道を歩まないように……
間違った選択をしないように…………
(──そうだった!)
突然頭の中で弾けたように全てを悟った。
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