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『彼女だったら大丈夫……邦幸は幸せになれる』
「……うん」
母はとても安堵した表情を浮かべ、そして『もうそろそろ行くわ』と言って俺に背を向けた。
「っ、母さん!」
咄嗟に叫んだ。だけど母はもう振り返ることはなかった。暗闇の中で徐々に小さくなって行く母の背中越しにぼんやりとした淡い光が見えた。人の形をしたそれは父だ──と直感的に思った。
『──贖罪の時間は終わった』
人の形をした光から聞こえた声に何故かゾクッとした冷たいものを感じた。頭の中では父だと思った光の主の声は酷く恐ろしい印象を与えた。
そうして頭に過ったものがあった。母の身勝手な妄想で命を奪われた父はどういう気持ちでいたのか──と。
やがてその光に呑まれて母の姿が消えて行った。後にはただ静寂な闇が広がっているだけだった。
「……ひとりに……しないで」
あまりにも多くのことが訪れて完全に処理しきれない。そんな中で暗闇にひとり取り残された俺は次第に恐怖を覚えた。
「僕を……ひとりにしないで……お父さん、お母さん──」
不意に今の言葉はあの日俺が血溜まりの中で呟いたものと同じだと思った。
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