flavorsour 第一章

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恐らく今更本来の私に戻ったところでメリットは何もないように思う。それに他人(ひと)の前で偽り続けることはもはや大したことではない。既にこの猫ごと私の一部になっているのだから。 ただ──知ってもらいたかった。 本当の私はちっともいい子なんかじゃない。打算だらけで欲望にまみれた平凡なただの女だということを。 大勢が知らなくてもいい。たったひとりでも、心の底から本当の私を曝け出しても受け止めてくれる人がいてくれたら──と。 (ただそう思っているだけ……なんだけどな) 思わずはぁとため息が漏れた。 「なってあげるよ」 「──え」 「俺がなってあげる」 「……」 (え? 何……この流れ) 彼がまるで私の考えていたことに応えるかのような発言をしたことに驚いた。 もしかしてこの人、本当に私の考えていることを──なんて一瞬そんなあり得ない思考になった。 「訊けば君はご両親のような夫婦像が理想なんだよね」 「……もしかしてそれも蓮からの情報ですか」 「うん。結婚してからもイチャコラしている仲睦まじい夫婦になりたいと言っていたそうじゃない」 「……」 「だからさ、俺がその願いを叶えてあげる」 「……」 「君の理想の結婚相手になってあげるよ」 「……」 (あぁ……そういう意味での『なってあげる』……ね) それはそうだ。私の考えていることを知る人なんて誰もいない。そんな都合のいい人なんて──…… 「……」 そう、この世の何処にもそんな人はいない。 だったらもう誰だっていいじゃない。 誰だって同じだ。 (それなら蓮が気に入っているというだけでこの人はマシなのではないか?) 何故か彼と話せば話すほどそういう気持ちになって行き、気が付けば彼の申し出を受ける方向に思考が動き始めてしまっていたのだった。
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