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2、エアーズ結成
一団は、エアーズと呼ばれた。
空気を正常化するチームということで、そう呼ばれた。
正式名称は、一応会社内の1セクションなので、"社内環境監視委員会"というお固いものだったが、通称エアーズで通ることになった。
委員会・会長、つまりエアーズリーダーの吉沢周吾という男は、この間、営業課長に長々と糾弾めいた批判と警告をしていた男と同一人物であった。
やはりあの男がリーダーか…。
吉沢はこのエアーズ結成のために、他所からヘッドハンティングされてきた人材らしかった。
平凡な顔…と言っても色々あるが、笑っているのか、無表情なのか、よくわからない顔立ちと表情。
中肉中背で、地味なスーツを着込んで、淡々と話すタイプの人物だった。
他のエアーズメンバーには、わりと体格の良い、まるで吉沢のボディガードのような面々がいて、中には元々我が社にいた体育会系出身の社員も配属されていたが、他には、どうにも得体の知れない、図体がデカくて筋肉隆々の、どこか黒い影が感じられるようなタイプの者もいた。
朝礼が各部署で行われる時、社内放送を流すテレビモニターに、この吉沢以下エアーズのメンバーが映っていて、まるで会社を乗っ取ったテロリスト集団みたいに、一方的に自己紹介をし、この間営業課長に言っていたような空気清浄化についての説をまくし立てていたが、社員たちは一瞬、何のことだかよくわからず、その社内放送の時は静かに聞いていたものの、放送後、社員同士で口々にこの謎めいた集団について、みんなで話し始めた。
どうやらエアーズというのは、社長の鶴の一声にて作られたセクションだったようで、部長クラスの者たちすら、寝耳に水というような顔をしていた。
いや、と言うか、エアーズの格好の標的はこの間の営業課長への勧告からすると、部課長クラスの人間の無理な命令発言などにありそうだから、部課長たちは冷や汗をかいているのかもしれない。
その後、エアーズから、正式な書面による、空気清浄化のための取り決め事項が書かれた冊子が、社員全員に配られた。
それはパートや派遣の者たちにまで配られた。
中身を読んでみると、基本的には、「会社のため」「業務のため」という口実の元、社内の空気を私物化し、マイナスコストの悪臭を垂れ流す輩を一掃するという旨のことが書かれ、そのための処罰についても、ランク別、又は状況別に細かく示されていた。
これは新たに施行された、会社の新・法律のようなものだった。
そしてエアーズの活動はこの冊子が配布された当日の夕方、すぐに始まった。(正確にはこの間の課長への勧告からすでに始まっていたのだが)
まずは、総務課の課長がいつも言う、実にくだらないオヤジギャグに、他の課員たちが、仕事中から仕事終了後の飲み会から、ランチの時間に至るまで付き合わされる苦痛を軽減するための勧告が行われた。
エアーズの活動や主旨がどういうものかを具体的に示すために、当分は、この問題ある悪い空気を社内で流す者への勧告の様子が、社内放送としてTVモニターから流されることになっていた。
「あなたのギャグセンス、笑いへの趣味性、追求度が問題なのではありません。問題はあなたが、多くの者たちを凍りつかせるような「笑い」に名を借りた「退屈」を、人々に社内で強要していることが問題なのです。
あなたは、社員や部下を和ませようとやっているつもりなのかもしれませんが、笑いのレベルの低さが逆効果を生んでしまっているのですよ。また笑いに関するジェネレーションギャップを考慮しない無考えな態度が、それを大変な悪臭強要に至らしめているのです。
まずはかって唱えられた「ピーターの法則」をよく理解してください。あなたには笑いのセンスは無いのです。極めて低次元な笑いへの感覚しか持ち合わせていない「無能レベル」にあるのです。
「無能レベル」にある上司が、自らの無能に気づかずに、批判できない立場の部下に暗黙の強要を行い続けると、業務のレベルが下がり、会社全体の仕事に支障をきたすことになるのです。ですからわれわれは「無能レベル」にある上司に「気づき」のチャンスを与えているのです。まずは自身が「無能レベル」にあることに気づくところから多少の改善につながります。自身の無能とよく向き合って、社内で退屈な公害のような空気を流さないこと。これを肝に銘じてください。
あなたのギャグセンスの低劣さは、多くの楽しくユーモアを交えて職務を遂行しようとしている社員たちへの過度な妨害以外何も意味しません。自身の無能レベルをしっかり認識し、あなたが「笑いを取ろう」などという大それた事は一切考えないでおくことを肝に銘じてください」
このエアーズの勧告は、社内で大いに受けたのだったが、笑って見ていた部課長たちや中年社員たちも対象外では全くなかったのは明らかだった。
若い社員の中には、電子目安箱のような形のエアーズの社内用ホームページ(SNSのコミュニティ形式で、社員全員が目安箱を見るためのIDとパスワードを所持。この「目安箱コミュニティ欄」に、社内の悪臭問題についてリーク出来る)に自分の課の上司のオヤジギャグや寒い冗談の酷さを告発する書き込みをする者が続出し、それを読んで問題があると思われる案件に関してのみ、エアーズが対象となる上司のところへ行って、懇々と勧告するという事態が現実に巻き起こったので、このオヤジギャグ狩りのようなムーブメントは、その後も継続的に行われるようになった。
たかがオヤジギャグが酷すぎるだけで降格された幹部社員も登場したことで、部課長連中もさすがにこいつらマジだな…と気がついたようで、かなり発言には気をつけるようになった。
エアーズはそれを「無能レベルの気づき」として教育的意義のあるものと言い続けた。
ところが「ピーターの法則」から援用されたこの「無能レベルの気づき」はオヤジギャグ狩りに止まるようなものではなかった。
そもそもL・J・ピーターによって提唱された「ピーターの法則」とは、それぞれの地位に就いている者たちが、その地位にあるべく能力を持たない「無能レベル」にあることを分析したものである。
例えば、課長から中々次のポストに上がれない万年課長は、次長や部長になる能力がないから出世しないのではなく、元々課長としての能力が「無能レベル」だから出世できない、だからもし、まるで出世させられない幹部社員が多くいるとするなら、その会社の幹部職は今現在、全員無能レベルにある…ということになるというものである。
このような状況に陥り、有能な幹部社員がまるでおらず、無能な管理職ばかりになってしまう法則性が「ピーターの法則」と呼ばれるものだ。
このピーターの法則に関する解説は、エアーズのホームページに書かれていたので、自分も多少理解することができたが、社長からかなりの人事権を与えられているエアーズは、オヤジギャグ狩りレベルの「無能レベル狩り」から、本来の意味でのピーターの法則活用に乗り出すことになり、それが多くの部課長クラスの者たちを恐怖させることとなった。
エアーズが言い出したのは、まさにそのものズバリ、現職にある管理職たちが今就いている自分のポストに相応しいかどうか、無能レベルにないか否かを試す、「使用期間方式」というものだった。
だいたい係長から課長、次長から部長へと出世していくのは、まず係長として優秀だったから課長になり、課長として使える存在だったから次長、部長になっていったのである。
しかし係長が課長になった時、課長として有能かどうかなど何の保証もありはしない。
係長としては有能だったから課長になっただけで、課長としては無能かもしれない。
特に万年課長的に長く同じ地位にある者は、課長としては無能レベルにある可能性があるだろう。
ところが現職の課長に、「課長無能検査」みたいな検査は、ほぼ行われる事は無い。
これはどこの会社でもほとんどそうだろう。
だからエアーズが行おうとしているのは、この「課長無能検査」のようなものだった。
そのために一旦、全員の管理職を、使用期間中の管理職にするのだ。
その使用期間中に「管理職(現在ついているポスト)無能検査」に引っかかれば即降格、問題がなければ現状維持か、さらなる昇進というテストを、大がかりに行おうとしていたのだった。
何故ここまでのことを、社内の空気正常化を目的として作られたエアーズが行うのかと言えば、彼らは社内で悪臭を発散する空気を垂れ流す者、または社内の空気を私物化するようなタイプの管理職にこそ「無能レベル」にある者が多いのではないか?と考えていたからであった。
人の上に立つ者としての役割を果たす前に、無駄な権力行使、特権階級意識自体が悪臭を発し、空気を乱すのではないかと、エアーズは考えていた。
だから管理職にある者が「無能レベル」にあるのに、特権意識や権力行使の徒になっている状況を根絶することで、エアーズの目的である、社内空気の正常化は自動的にある程度実現出来るのではないか、という狙いがあるようだった。
そこでさっそく、「管理職無能レベル検査」は遂行されることになった。
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