雨のち、虹。

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雨のち、虹。

 ――雨の日は、嫌いだ。  平田優弥(ひらたゆうや)は頬杖をついて、教室の窓から空一面に広がるどんよりとした雨雲を眺めて、本日何度目かのため息をついた。  神様も梅雨だからって連日降らせなくても、少しは遠慮してくれたらいいのに。  おとといの月曜から、ここら一帯は降りっぱなしだ。いつもは校庭から聞こえてくる野球部や陸上部の声も息を潜め、ただ、しとしとと降る雨の音だけが辺りに響く。  雨の音は、嫌いだ。  あの日を思い出してしまうから。幼い日、一人雨に濡れて呆然と立ち尽くすしかなかったあの日を。  思えば、あの日から優弥の心は沈んでしまったのだ。深い、深い、澱んだ沼の底へ。  下駄箱まで来ると、同じクラスの大沢瑞樹(おおさわみずき)が空を見上げて佇んでいるのが見えた。 「お、平田。ちょうどよかった」 「おす……何?」  正直、瑞樹とは挨拶を交わすくらいであまり話したことはない。優弥は少し構えて立ち止まった。 「いや〜、傘なくてさ。ちょっと入れてってくんない? 途中まででいいからさ」  お願い、と両手を合わせてくる瑞樹を呆れたように眺めた。  こんな、朝からずっと降水確率100%の日に、よく傘忘れたな。  じとっと見つめる優弥の視線から思考を読み取ったのか、慌てて瑞樹が手を横に振った。 「いや、違う違う。朝はちゃんと持ってたって。ほら、困ってる子がいたからさ。つい」 「……女の子にいい顔したかったって?」 「うん……まあ」  てへ、と可愛こぶって舌を出すが、それなりにガタイのいい男子高校生がやってもあまり可愛くない。 「しょうがねえな。――ほら」  傘を開いて、優弥は瑞樹に向かっておいでおいでと手招きした。 「サンキュー」  瑞樹の方が、優弥より背が高い。俺が持つよ、と言われて優弥は素直に傘の柄を渡した。 「……誰も来なかったらどうするつもりだったんだよ」 「ん? その時は濡れて帰るかなって」  にこにこしながらそう言う瑞樹を優弥は信じられないものを見る目で見上げた。 「けっこう気持ちいいぜ、雨に濡れるのも。でも今日は……」  平田に会えてよかったよ。  にっこり微笑んだ瑞樹の顔が。  なぜか、優弥の心を暗く沈んだ澱みの底から引き上げてくれるような気がした。 「雨って、世界を全部洗って綺麗にしてくれる気がするんだ。あとさ、雨の後って」  瑞樹が手の平を空に向けて、おもむろに傘を閉じた。  「――虹が出るかもしれないだろ?」  満面の笑みを湛えた瑞樹がふり返る。その背景は――空に弧を描く、七色のアーチ。  雨の日は、嫌いだ。  ――でも、こいつといれば……好きになれるかもしれない。  Fin
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