くじらあめ

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くじらあめ

 私が物心ついた頃から『あめ』は降っていた。両親に昔の事を訪ねてみたけれど、やっぱり『あめ』はずっと降り続いていて止む事は無かったそうだ。  365日雨が降り続けば『あめ』のせいでこの街は沈んでしまう筈だけれど、30センチしか水は溜まらず透明に透き通っている上に、そこを歩けてしまう。だから、私の家もクラスメイトの家も皆、この水面の上に立っていた。  空から降る大量の雨は一体どこに流れているのだろう。 「春花(はるか)おはよう。今日の雨は良い雨だね」  親友の菜緒(なお)が話しかけてきた。今日の雨は心地が良い。細かい雨粒の先には青色の空が広がっている。鉛色の重たい雨が降る日も好きだが、そんな日はずっと部屋にいて外の様子を眺めていたい。 「今日は、くじらが出るかしら」 「そうだね、こんな空なら……きっと誰かを迎えに来るわ」 「菜緒、見て! くじらだわ」  空に大きなくじらが悠々と飛んていた。あれが何なのかわからないけれど、街に現れた時は誰か一人連れて行く。お年寄りとか病気の人をと言う訳じゃなくて、何の基準で迎えに来るかはわからないが、くじらが来る。  あの世へと連れて行かれるとか、晴れた世界に連れて行かれるとか、あれは本当は宇宙船なんだとか街の人は噂をしているけれど、選ばれた人にしか真相はわからない。 「いつか、選ばれてみたいわ」 「こわい、死んじゃうかも知れないじゃない……本当に春花は変わってるわね」  そんな事を口にしながら、私は学校へと向かって従業を受けた。授業中顔をあげると、大きなくじらがこちらを見ながら悠々と泳いでいた。  菜緒には言わなかったけれど、次は自分の元へくじらが来るんじゃないかって予感がしていたの。菜緒は怖がっていたけれど、私は少しも怖くなかった。くじらが一体どんな世界に連れて行ってくれるのか、好奇心ばかりが湧いてしまっていたから。  私は授業が終わると、私は菜緒やクラスメイト、そして先生にお別れをしたわ。皆泣いていたけれど私は皆の顔を忘れないようにしっかりと刻み付けていた。  だってまた、会えるような気がしていたから。  止まない雨の中、校庭で待っているクジラの前に立つと、私は傘を閉じた。目の前に立つと大きな口が大きく開いた。私は、雨に濡れながらゆっくりと、くじらの口の中に入った。  ――――水の中のような感覚、暗闇の中に僅かに見える光。そこへと向かって私は手を伸ばした。 ✤✤✤ 「元気な女の子ですよ」   ぐずる赤ん坊の声が聞こえて、疲労しながらも笑顔を見せた。そばには赤ん坊の父親らしき人も立っていた。労るように手を握りしめながら言う。 「やっぱり、春花にしようか」 「そうね、やっぱり春花にしましょう」  病室から見える空は晴れた空、流れる雲、雨は降っておらず、桜の花が満開に咲いていた。
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