勿忘草の詩

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夕暮れの空。緩やかな熱気が、バスを降りた僕の足元に絡みつく。 足を進める。何度も、繰り返し歩いたこの道を、ひたすらに歩く。 「      」 ふと、名を呼ばれた気がした。そっと振り返ろうとして、ぎゅっと手のひらを握りしめる。 昨日まで隣を歩いていた君は、もういない。 は、と溜息ともつかない吐息を零す。 そんな僕のしわくちゃの白シャツの肩に、ぱたり、大きな水の粒。 ぱたぱたと、空が、泣く。僕の代わりに、感情の雫を落とす。 ああ、やっと、雨が降った。 この強張ったまま固まっている心も、君との思い出も、全部全部。 全てを透明に融かしてくれるだろうこの蒼を、僕はずっと待っていた。 冷やされた身体に、生温かい血液が巡る。胸に位置する心臓が、どくん、どくんと脈を打つ。 ああ、君は、もう冷たい。 そう思った刹那、不意に、脳裏に溢れ出す言葉の羅列。 ひとつも零さないように、そっと目を伏せた。 空が落とす雫は、ぱたぱたと、僕の頭に、肩に、頬に、瞼に、まるで泣けというように、落ちては流れて消えていく。
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