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玄関に着くと、すでに私達の履き物が揃えられていた。
全ての客の履き物を覚えているのだろう。細やかな心遣いに感心しながらピンヒールを踏み鳴らし、店を後にした。
石畳の先には既に車が横付けされていて、都築が背筋を伸ばして待っている。
「お疲れ様でした、お頭。」
「あぁ。帰るぞ。」
「はい。」
スッと後部座席の扉を開き待機している都築に、少しだけ親しみを覚える。頭領に仕えていた頃の自分の姿と重なるからかも知れない。
愛する人に尽くしたい。その人の為に何かしてあげたい。
そう思って行動してしまう気持ちが、自分の中にもあったから…。
車に乗り込み、ゆっくり発進し出した所で頭が声をかけてきた。
「疲れたか?」
「いいえ。全く。」
「フッ、そうか。飯は美味かっただろう?」
「ええ、とても美味しかったです。狸の化かし合いがなければもっとね。」
「ハハハ。あんな状況で味わえる者はなかなか居ないぞ。」
「まぁ…そうかも知れませんね。」
居心地は良いとは言え無かったけれど、別に脅威なものは何も無いので面倒な話は聞き流しておけばいいし、美味しい料理を味わうほうが重要だ。
「やはり響を連れて行って正解だったな。」
「…坊っちゃんのことを仰ってます?」
「そうだ。」
頬を真っ赤に染めた彼を思い出す。
「また会いたい、くらいは思ってくれたと思います。」
「凄い自信だな。」
「彼は分かりやすすぎて、可愛らしいですが面白味には欠けますね。もっと手強い相手の方が…」
ふと、横に座る腹の底の見えない男と目が合った。
目を細めて笑う頭のことは、やはりよく分からない。
「そう言うな。俺の仕事は格段にやりやすくなった。ありがとう、響。」
「……そう、ですか。お役に立てたなら良かったですわ。」
響──と。
名前をこんなに大切そうに呼ばれたのは、いつ以来だろう。
柄にもなく動揺したのか、心臓が鼓動を速めている。
外に目を向けると落ち着かない眩しい光が目に入ってきたので、ゆっくりと瞼を閉じて、余計な考えが膨らまないように思考を停止させた。
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