路地裏のネズミ

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 都会の喧騒と雑踏に紛れて、眩しいネオンの灯りも届かぬ闇の中に、私はひっそりと(うずくま)っていた。  まるで不法投棄されたゴミのように、降りしきる雨でズブ濡れになっている。こんな女に声をかける酔狂な人間はいないだろう。  いつまでも此処でこうしているわけにはいかない…。それは分かっているが、どうしても立ち上がり行動を起こそうという気力が湧いてこない。  友人も。帰る場所も。そして、愛しい人も。  全てを失った私は、静かに目を閉じ──気配を消した。  私はただ、愛されようとしただけなのだ。  幼馴染みとして育ち、幾ばくかの愛情を彼から受け取っていたつもりだったけれど、人間の女が現れた途端、彼の様子がオカシクなった。たった数日共にしただけの人間に、彼は(はた)で見ていた私にも分かるくらいみるみる心を奪われていき、それは焦りと戸惑い、そして激しい憎悪を与え──感情のままに行動した結果、私は生まれ育った村から追放された。  彼の一番近くに居たのは、自分だった。  彼を理解しているのは、私以外に居ないと思っていたのに……彼女にあって、私に無かったものは一体何だったのだろう。  暗い路地裏で、自嘲気味に(わら)った。  そんなものを探ったところで、今更だ。  失ったものは、もう取り戻せないのだから…。 「おい!よく探せ!俺は右から回り込む!」  「了解!」  けたたましい足音と怒号が耳に飛び込んできて、重い瞼を開くと、スーツに身を包んだ男達が雨に濡れるのも(いと)わずバタバタと忙しなく往来を行き来している。  必死の形相で周りに視線をさ迷わせ、無線で何やら話をしたかと思うと、また移動しては首をキョロキョロ動かしていた。  数分後、仲間達が集まってきて道路の脇へ移動し、一様に悔しさを滲ませた顔つきで深いため息を落としている。 「ダメです。こっちにも居ません。」 「そうか…逃げ足が早いな。」 「まだ探しますか?」 「いや、一旦本部に戻ろう。多分もう見つからないだろう。」 「くそっ!後一歩の所までいっていたのに…!」  こいつらは『警察』という職業の者達ではないだろうか。  同じ紺の制服に身を包み、鍛えていると分かる体つき、そして拳銃を所持している。人間の治安を守り、犯罪から人を守るための者。  確かそういう者を『警察』と呼ぶのだと、以前『おしごと図鑑』で見たことがある。  ふと、警察の中でも冷静な様子のメガネをかけた男と目が合った。  数秒間探るような視線をこちらに送っていたが、微動だにせず変化の無い私に興味を失ったのか、そのままゾロゾロと彼らは重たい足取りで離れていく。
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