スマホと口づけ

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 ◆◆◆  響が退室し、一人になった部屋で俺は頭を抱えていた。   さっきのは一体何だったんだ……。  男を虜にすることも、手玉に取ることも、体を差し出すことさえ何とも思わない女かと思えば…頭を撫でられ嬉しそうにしたり、頬を染めたりと初々しい反応をしてくる。  毒婦のようであり、生娘のようでもあり……どちらが本当の彼女なのか分からなくなる。  もしあれが彼女の男を落とす手練手管なのだとしたら…俺もまんまとその術中に嵌まってしまったということなのか。  そもそもの疑問だが、彼女は何故人間の世界に居たのだろう。  俺の母は山で倒れていたのを父が発見して、そのまま山小屋に連れて行き面倒をみたのだと言っていた。  母の話では、鬼は人間に見付からないような場所で、隠れるように村を築き暮らしていたのだと言う。  響は、都築が連れてきた時から誰に連絡を取ることも無くずっと家に居る。  時折、全てを諦めたような暗い目をしていることがあるので、何か村に帰れない事情があるのかも知れない。  鬼の娘に、母を重ねているのだろうか…どうしても心配になってしまう。  鬼だから人間より強い。鬼だから人間には不安を感じない。  そう思っている響の気持ちは分からなくもないが、強い鬼でも人に負けることがあるのだ。  …俺は何を、聖人ぶってるんだ。  心配ならば、元から会食に連れて行かなければ良かった。  あれだけ美しい女なら、きっと相手が食い付くと計算があったから連れて行った。有利に事を運べるようにと、何も知らない彼女を利用したのだ。  どんなキレイ事を並べようと、それが事実だ。  晩飯を食べ終えて、風呂に入ってさっぱりした所で月を見ながら軽く晩酌をしている。  こうしている間にも、どこかでは少年少女がヤクの餌食になっているのかも知れない。  全てを無くせるなんて思っちゃいないが…少しでも、一人でも関わることが無くなるなら──母のように死んでいく者が減るなら本望だ。  その為ならヤクザだろうと、何にだってなってやる。  クイッと盃を煽ると喉が焼けるような熱さが通りすぎ、血の流れが速くなるようだ。  酒を注ごうと盆に目をやると、ピカピカに磨かれた床が視界に入った。月の光を反射させ、優しく俺を照らしている。 ──RRR……RRR……  部屋に放っていたスマホが、その居場所を知らせるように鳴り始めた。  こんなに深夜に誰だ?  のそりと立ち上がりスマホを拾い上げた俺は、表示された名前に驚きながら通話ボタンを押した。 「──どうした?響。」 「っ!あっ……その……」  受話器の向こうで慌てた様子の響は、たどたどしく言葉を続けた。 「教えてもらったのを…練習していたら、間違って押してしまったみたいで……これは、どうやったら元に戻るのですか?」 「は?」 「ですから…あの……」  珍しく困り果てた声を出す響が、可愛く思えて。思わずフッと笑みが溢れた。 「画面の下に赤いボタンがあるのが分かるか?それを押せば元に戻る。」 「………。」 「響?」 「………っ。はい…分かりました。」  何故か言葉を詰まらせる彼女に、疑問が沸いた。 「どうした?分からなかったか?」 「いえ!違います。……いつもより、近いから…」 「は?」 「声が…直接耳に聞こえてくるから……」  何を言うのだ、彼女は。  いつもより声が近いから何なんだ。 「照れてるのか?」 「…っ」  とうとう言葉を紡げなくなった彼女が、今どんな顔をしているのか無性に見たくなって。  スマホを手にしたままそっと響の部屋へ近づいていく。
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