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──パタン。
頭が出ていった襖を、呆然と眺めていた。
心臓がやけにウルサイ。
一体、何だったの?
さっきの頭はいつもと違って甘くて優しい瞳で私を見ていて…何故かそんな彼を見ていると鼓動が高鳴った。
口づけなんて特別なものじゃない…はずた。
熱を帯びた口元に、そっと手をあてる。
彼の唇が触れた瞬間、ピリッと電気が走ったような感覚が背中を駆け抜けて驚いた。
少しお酒の味がする彼の舌が優しく激しく私の舌を絡めとり、絡め返すともっと情熱的に愛撫された。
あまりに気持ち良くて、もっとして欲しくて…つい手を伸ばしていた。
頭領でも、他の人でも味わったことのないあの感覚は…一体何だったのかしら。
彼に頭を優しく撫でられると、心が温かくなる。
キュッと締め付けられるような切なさをともなって。
そっとスマホをなぞると、画面に『皇孝一』と彼の名前が表示された。
宮田のように、私も孝一さんと呼んでみたいような気がして。
浮かんだ不思議な気持ちを抱いて、布団に横たわった。
この日、村を出てから初めて私はゆっくりと眠ったのだった。
初めて口づけした日から、夜になるとスマホレッスンが行われるのが恒例になった。
新しいことを覚えると、よしよしと撫でてくれる。
嬉しくて目を細めると、彼は甘い口づけで私を翻弄してくるのに…それ以上のことはしてこない。
背中に回っている逞しい腕が、私をもっと可愛がってくれたらいいのに。
誘うように視線を向けても、口づけの最中彼がその気になるよう舌技を仕掛けても、彼は口づけだけで部屋を出て行ってしまう。
その日は思わず、浴衣の裾をくいっと引っ張ってしまった。
私の様子を見た彼は優しく笑って「どうした?」と聞いてきた。
瞳の奥に揺らめく哀しみの色は相変わらずだったけれど、欲望の光もともっているのに……。
「何故手を出さないのですか?私に魅力がありませんか?」
つい、そんな言葉が口をついて出た。
驚いた顔をした彼は、ゆるゆると首を横に振った。
「魅力的だから、無茶苦茶しそうで我慢してるんだ。」
「?我慢しなくても、構いませんよ。」
「…いや。まぁ、手を出しててこんなこと言っても説得力も無いが……キスは挨拶になりえても、それ以上は恋人同士がするもんだ。分かるか?」
「言ってることは分かりますが…別に恋人同士で無くても出来ます。」
そう言い切った私に、哀しみの色を濃くした彼はゆっくり頷いて答えた。
「そうだな。でも、響にはそうして欲しくない。鬼だって人間だって心がある。心と身体は繋がっているんだ。…本当にしたいヤツとすればいい。」
「……。」
「じゃあな。ゆっくり休めよ。」
ふわりと頭を撫でて、彼は出て行った。
「別に…貴方なら構わないのに……。」
拒絶された訳ではないのに、どうしてか胸がシクシクと痛んだ。
本当にしたいヤツって、どうすれば分かるの?
幼なじみとの長年の恋に破れた心は、さ迷ったままだ。
頭は私を鬼だと分かっているし、親切にしてくれている。
そんな彼だから、別に身体くらい好きに扱ってくれて構わないのに……。
ボフッとふかふかの布団に倒れこんで、ぼんやり光る皇孝一の名前をそっと指で撫でているうちに、眠りに引き込まれていった。
数日後の夜。
頭の敵対する相手から連絡があり、また会食をすることになったらしく、同席してくれと頼まれた。
私の任務は坊っちゃんに連絡先を教えること。
そして、あの坊っちゃんと一緒に来ていた下品な笑い方の男──前田にそれを知られないようにすることが条件らしい。
「お任せ下さい。余裕ですわ。」
「前田にはくれぐれも悟られないよう気を付けろよ。厄介な相手だからな。」
「心得ました。あの……孝一さん。」
「……ん。」
頭を差し出すと、優しく大きな手が撫でてくれる。
あぁ、心がほわほわする……。
うっとりと目を閉じて身を任せていると、頭を撫でていた手が下りてきて頬とするりと撫でてきた。
瞼を上げると雄の目をした孝一さんと視線がぶつかり、彼の首の後ろに腕を回して引き寄せた。
「んん…っん…」
彼の口づけは甘くて優しい。
頭を撫でてもらう時のよりも、ほわほわした気持ちが大きくなる。
舌を絡め合ってお互いの唇を堪能した後、ギュッと逞しい腕が私の体を包み込んで抱き締めてくれる──この時間が私は1日のうちで1番好きだった。
まるで守られているような安心感があって…孝一は力の弱い人間なのに、どうしてこんなに落ち着くのだろう。
明日、この人の役に立てるようにと決意を新たに、温かい腕の中で安らかな吐息を吐いた。
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