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次の日──19時半。
前回と同じ料亭に着いて、まだ来ていない相手を待っている。
「今日のお料理も楽しみです。」
のほほんと言い放った響は、今日は本人の希望で着物を着ている。
料亭で働く女将が思わず瞠目するほどに、彼女は美しかった。
艶のある髪を結い上げ、首を動かす度にかんざしについた飾りが揺れて小さな可愛らしい音を立てている。
「そうだな。今日は出来る限り前回の反省を活かすよ。」
「ふふ。そうして下さい。」
何気ないやり取りをしていると、待っていた相手が顔を出した。
前回とは違う妖艶な輝きを放つ響を見た坊っちゃんは、分かりやすいくらい見蕩れていて頬を染めている。
前田もまた目を瞬かせ、部屋に一歩入った所で固まっていた。
「こんばんは、前田さん、長田さん。お招き頂きありがとうございます。」
「あぁ…いやいや。遅くなって申し訳ないですなぁ。」
声をかけると、ようやく我に返った前田が頭を掻きながら席へついた。
坊っちゃんも視線を響に向けたままヨロヨロと座った所で順番に料理が運ばれてくる。
響は早速「頂きます。」と宣言し料理を堪能していて、それを見ながらおぼつかない箸運びで坊っちゃんも無心で料理を食べていた。
「そう言えば前田さん、前回仰っていた人物は特定出来ましたか?」
ぼーっとしている坊っちゃんに、肘鉄を食らわせそうな前田にあえて話題をふった。
せっかく惚けているのに、正気に戻されてたまるか。
ま、正気に戻ったとしてもすぐ逆戻りな気もするが…成功率は上げておくに越したことはない。
「いやぁ、それがなかなか掴めなくて困ってますわ。そちらはどうですか?」
「前田さんでも見つけられない者を、私などが見つけられるわけは無いですよ。お恥ずかしいですがね。」
「ご謙遜を。まぁ、そっちはもうええんです。他に気になることが出来たんでね。」
ニヤリと濁った瞳を鈍く光らせる男は、挑発するように俺を見つめてきた。
「そうですか…。それは面白そうな話が聞けそうですね。」
「はっはっは。困ったことには変わらんのですがね…」
──バシャン
前田が話している最中、派手な水音がして視線をやると響が飲み物の入ったグラスを坊っちゃんの方に倒していた。
「ごめんなさい!大丈夫ですか?」
心配そうな表情を浮かべた響は、長田の横へ膝をつき懐から布を取り出し濡れた服をせっせと拭いていた。
下から覗きこむように首を傾げて坊っちゃんを見上げる響は、きっととんでもない色気を放っていることだろう。
「シミにならないうちに、御手洗いで拭わせて下さい。一緒に来て頂いても構いませんか?」
「あ、うん…。」
催眠術にでもかかったようにフラフラと響に着いて二人が部屋を出ようとした時、前田が響を呼び止めた。
「響さん。……何を企んどるんですか?」
「え?どういうことですか?」
「今のわざとやろ?皇さんも…どういうつもりですかな?」
ドスの聞いた声で脅されても、現状飲み物がかかった以外何も起きていないのだ。
何の効果も無い睨みを受け流して、俺は笑った。
「どうされたんですか、前田さん。だいぶ神経質になっておられるようですが、何か不安なことでも?心配でしたら響について三人で御手洗いへ行かれても私は構いませんよ。ここで、料理を頂いて待っておりますので。」
「……。」
俺をこの部屋に一人にする方が、坊っちゃんと響に着いて行くよりもデメリットが大きいと踏んだのか、ふーと息を吐くと前田はまとわりつくような笑みを浮かべた。
「はっはっは。いやいや、これは失礼。確かに色々あって過敏になっとりましたわ!響さん、すんませんなぁ。」
「いいえ。坊っちゃんには指一本触れないと誓いますわ。」
ニッコリ笑った響は、「さ、行きましょう。」と坊っちゃんと共に今度こそ部屋から居なくなった。
気持ちの悪い笑みを浮かべたまま、料理にも手をつけず前田はじっとこちらの様子を探るように見ている。
俺は気にせずモグモグと美味い料理を口へ運んでいく。
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