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風呂に入ってサッパリした後、響の部屋を訪ねるとやはりいつもより沈んだ様子の彼女が迎え入れてくれた。
「うまく連絡先を伝えられたようだな。」
「…えぇ。」
「何かあったのか?」
「………。」
「響?」
眉を寄せて、視線をさ迷わせた彼女はぎゅっと固く手を握りしめている。
「言いにくいことなら、無理には聞かないが……話して楽になることもある。」
「………。」
意を決したように俺と視線を合わせた響は、少し哀しそうな顔をして言葉をポツリポツリと綴った。
「私……うまく……出来ませんでした…」
「うまく出来なかった?」
「はい…。御手洗いについて、坊っちゃんのスーツを拭きながら連絡先を伝えられたのは良かったんですが……その、彼が私の手を握って…口づけをしようと…迫ってきて──」
一旦言葉を切った響はぎゅっと目を閉じて──血の気が無くなるほど拳を握りしめながら、言葉を続けた。
「口づけをすれば、もっと彼は私に夢中になる。…──分かっているのに……どうしても、触れられるのがイヤで…今までこんなこと無かったんです。簡単に…出来たのに………」
「──分かった。もういい。」
抱き寄せた響の肩が頼りなく震えていて、胸が痛んだ。
「言っただろ?心と身体は繋がってるんだ。好きでもない相手と簡単に出来るものじゃない。お前は十分良くやってくれた。気にするな、響。」
「………っ。」
彼女の気持ちが、少しでも楽になるように。
優しく頭を撫でて、背中をさすってやる。
響は悔しそうにしているが、本来は簡単に身体を差し出せる方がオカシイのだ。
それでいいんだと誉めるように、抱き締める腕に力をこめた。
「……役に立たない私など…何の……価値もありません…」
「気にするなと言っただろ?」
「………。」
「役に立つとか立たないとか、そんな損得だけで価値が決まるわけじゃない。慣れないスマホを一生懸命覚えて、掃除や食事の用意もしてくれてる。坊っちゃんに連絡先を教えられたんだ、何より役にたってるじゃないか。」
「でも、もっと……出来たのに…」
「ふっ、お前は欲張りなんだよ。十分だ、響。」
そっと顎を掴んで上を向かせると、涙で滲んだ瞳が申し訳無さそうに俺のほうを向いた。
宥めるように優しく涙の跡に唇を寄せて、目頭や頬にキスを落とすと頬がじんわり赤く染まり、響は照れたように目を伏せる。
恥じらう仕草に誘われるように、俺は彼女の唇を奪った。
舌を挿し込むと、柔らかい彼女の舌が絡まってくる。
イヤらしく蠢く響の舌を、理性が飛ぶギリギリまで堪能し唇を離すと、お互いの口を銀の糸が繋いでいた。
「…孝一さん……」
「響。」
優しく抱き締め直した途端、響も俺の身体に手を回してしがみついてきた。
俺のことは嫌がらないんだな……そう思うと、抱き締める腕に自然と力が入る。
お互いの体温が交わり同じ温度になった頃、ようやく身体を離して彼女の頭をよしよしと撫でた。
「今日はゆっくり休めよ。また明日な。」
「……はい。」
何か言いたげな彼女に後ろ髪を引かれながら、そっと襖を閉めた。
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