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次の日の夜。
『響さん!もうすぐ連絡出来るようになります。待ってて下さいね。』とウキウキした気持ちが伝わってくるようなLINEに思わず舌打ちし、響を俺の自室へ呼んだ。
肘をついて座椅子に腰掛けている横柄な態度の俺とは正反対に、キチンと正座してスマホをじっと見つめている響。
居心地が悪いと言うかバツが悪いというか…さぞ俺の顔は苦虫を潰したようになっていることだろう。
──そういえば、響はこの件が片付いたらどうするつもりだろうか。
故郷に帰りたいような素振りは無いとはいえ、このままずっと此処に居るつもりも無いような気がする。
引き留める理由も権利も、俺には無い。
だが…響が居なくなることを手放しで喜べるかと問われると、どことなくモヤモヤする。
ため息を吐きそうになった時、スマホが軽快な音を立てた。
「出ろ。」
「はい……。こんばんは、響です。」
『あっ!響さん!お久しぶりです。お待たせしました?』
「いえ、忙しい中ご連絡ありがとうございます。」
『そんな、むしろ声が聞けて元気が出ると言うか…へへへ。』
「まぁ。お上手ですね。」
『本心ですよ!』
──はぁ。くだらない。
スピーカーにしろと言うんじゃ無かった。
今にも口を挟んでしまいそうな衝動を拳を握り締めて耐えながら、息を殺す。
『LINEでも話しましたが、響さんとお会い出来たらと思っていて…いかがですか?』
「はい。私もお会いしたいです。あの、私のほうが自由に動けると思うので……佑介さんの都合にお任せします。」
『えっ……今、俺の名前…』
「…もしかして、間違えてましたか?」
『いや、違っ……。』
赤い顔をして喜びを噛み締めてる坊っちゃんの姿が脳内で再生され、舌打ちしたいのを何とかこらえた。
「どうかされましたか?」
『あ、大丈夫です…。では、明後日の夜20時に新宿で待ち合わせでいいですか?』
「明後日、20時に新宿ですね。分かりました。」
『また着いたらLINEでやり取りしましょう。…楽しみにしてます。』
「はい。私も、お会い出来るのを楽しみにしてます。」
『積もる話はまた、会った時に。じゃあ、おやすみなさい。響さん。』
「はい。おやすみなさい、佑介さん。」
数秒間の沈黙が流れたが、まだ通話状態のままだ。
『あの、響さんから切って下さい。』
「え?私からなんて…切れません。佑介さんから、お願いします。」
『お願いなんて、ズルいですね。』
「佑介さん…。」
『響さん……。』
なんだ、このむず痒くなるやり取りは!?
お前達は中学生か!
名残惜しさを演出する為に、こちらから通話を切るなと指示したことを後悔しそうだ…いや、むしろ後悔している。
あと数秒無言だったなら、手を伸ばして通話終了を押してしまっていただろう。
『じゃあ……僕から切ります。おやすみなさい、響さん。』
「ありがとうございます。おやすみなさい、佑介さん。」
──プツッ。
ようやく切られたスマホ画面を見て、腹から盛大にため息を吐き出した。
「……とりあえず、よくやった。明後日20時、新宿だな。俺も近くまで同行する。」
「はい。分かりました。」
「やって欲しいことは、また明日伝える。今日はもう休め。」
「……はい。」
少ししょぼんとしたような表情で俯き加減の響の頭が、俺の目の前にあって──そんなつもりは無かったのに、つい手を伸ばして撫でてしまった。
驚いたように顔を上げた響と目が合うと、その瞳は戸惑いと喜びの色を浮かべていた。
突然離すのもおかしいかと思い、そのまま艶やかな髪をゆっくり撫でていると、彼女は大人しくされるがままになっている。
下を向いた響の頬がだんだん朱色を帯びていき、照れた様子の響はとても可愛らしくて……。
「お前に惚れない男がいるのか…?」
ポツリと呟いた言葉に自分でも驚いて、思わず固まってしまう。
「え?今、何か…」
「──何でもない。もう出ていけ。」
「……失礼致します。」
悲しそうに眉を下げた響がゆっくりと部屋から出ていく。
思わず伸ばしかけた手を慌てて引っ込めたのと同時に襖がパタンと閉まった。
俺の響に対する気持ちは『鬼だから』守ってやらなければという義務感の枠をすでに越えている──そう自覚した。
最近は、悲しそうな表情にばかりしてしまう自分の言動を振り返り、今後どうするべきかと頭を悩ませているうちに夜は更けていった。
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