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◇◇◇
「はぁ……。」
掃除をする手を止めて、私は庭へと目を向けた。
ここ最近やることなすこと、全て裏目に出ているような気がして仕方がない。
坊っちゃんと待ち合わせ出来たのは良かったけれど、電話が終わった後孝一の様子がおかしかった。
何か呟いたと思ったら、硬い表情で「出ていけ」と言われてしまい…胸に棘が刺さったように苦しくなった。
チクチク痛むのは、何故なの?
前のように、孝一と他愛のない話がしたい。
孝一のことを…もっと知りたい。
私のことも、知って欲しい……。
この気持ちは……何なのかしら。
甘い疼きと切なく締め付けられる痛みに、そっと胸に手をあてていると、廊下の向こうから宮田がトコトコとやってきた。
「姉さん、おはようございます!昨日はその……スミマセンッス。」
「え?あの…それよりも、その額のこぶは一体…」
「これは、その。鉄拳制裁ッス!」
「鉄拳制裁?」
「俺のことは気にしないで下さい!それより、姉さんこそ大丈夫だったッスか?」
「私は…きっと嫌われてしまったと思うから……」
「へ?そんなこと、有り得ないッスよ。」
「どうして?」
「勘です!」
あっけらかんと言い切られてしまうと、言葉が続かなかった。
ニコニコ笑う宮田は、思い出したように慌てて話しかけてきた。
「あ、そうだった!姉さんと明日の打ち合わせがしたいって、孝一さんが呼んでたッス。」
「…分かりました。伝言ありがとう。」
ふわりと微笑むと、宮田らポッと顔を赤くして勢いよく首を横に振った。
「いえいえいえ!とんでもないッス!行ってらっしゃい、姉さん!お気をつけてー!!」
「……ふふっ。」
元気の良すぎる応援団に応援されると、何だか私も元気になれるから不思議だ。
明るくて周りを元気に出来るのが宮田の良い所だと思う。
私も…孝一さんのこと、元気付けたり笑顔に出来たらいいのに。
叶わない願いを思考の端に追いやって、孝一の部屋へと足を進めた。
襖の前に着き、中へ声をかける。
「響です。入っても宜しいでしょうか?」
「──あぁ、入れ。」
「失礼致します。」
襖を開けると、所定の位置に腰掛けてこちらを向いている孝一さんが見えた。
畳の上には、何やらコードや黒っぽい機械のようなものが色々置かれていて、私はそれらの前に正座して孝一と向かい合った。
「明日、お前にはスーツを着て行ってもらう。この袋に入れてるから後で袖を通しておけ。」
「はい。」
「あと、こいつはペンタイプの小型無線機だ。上を押すとお前の声がこちらに聞こえるようになっている。何か非常事態が起きた時はコレを使え。」
「分かりました。」
「聞こえる範囲が500メートル以内だから、あまり離れるとお前の声が届かなくなる。こちらも見失わないように気を付けるが、お前もあまりうろうろしないように気を付けてくれ。坊っちゃんは、ぽやぽやしているように見えてもヤクザだ。決して油断するな。それと……」
孝一さんは、しっかり私と目を合わせて強い声で告げた。
「何があっても、お前自身を傷つけることは許さない。不安なことや変な感じがしたらすぐに逃げろ。分かったか?」
「……はい。」
「俺の役に立ちたいというなら、無事で帰ることが何よりの希望だ。必ず叶えてくれ。」
真剣な表情で私を見つめる孝一さんに、心が揺さぶられる。
どうして…そんなことを言うの?
私が無事に帰っても、逃げれば取引が無くなるかも知れないのに。
あなたの最優先は取引ではないの?
「響。分かったか?」
優しく名前を呼ばれハッと思考をやめ顔を上げると、心配そうな彼と目が合った。
──ドクン。
鼓動が私の全身を震わせた。
思わずコクンと頷くと、そっと近付いてきた孝一さんの温かい腕に包まれてますます鼓動が速くなっていく。
「お前が思ってる以上に、みんなお前を心配している……。頼むから、無茶なことはしないでくれ。」
耳元で聞こえる孝一さんの切なさを含んだ声に、ぎゅうっと胸が絞られるようだ。
そっと背中に手を回すと、力強く抱き締められて。
彼の温もりに、体の奥から熱い気持ちが沸き上がってくる。
「………はい。分かりました。」
私は掠れた声で、そう答えるのが精一杯だった。
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