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◇◇◇
黒のスーツに身を包み、ゴミゴミした人混みの中に私は佇んでいた。
初めて紛れ込んだあの街のように、巨大な建物も人も多い場所だった。
胸元のペンを指でなぞり、気を落ち着かせる。
何とかして、取引させるように坊っちゃんを誘導すること。
それから、無事に帰ること。
……心配してくれる人がいるというのは、むず痒いけれどとても温かい気持ちになる。
思わずふにゃりとニヤけてしまいそうな顔に意識を向けた時──上着のポケットに入れたスマホが振動した。
「はい。響です。」
「こんばんは。今西口に着きました。響さんはどこの出口に居ますか?」
「え?えっと……」
周りを見渡しても、ここがどこの出口なのか分からなかった。
「スミマセン。あまり詳しくなくて、何処か分かりません…」
「全然大丈夫ですよ。じゃあ、何か目につく大きな建物とかありますか?」
「目の前はアーチ型の道路になっていて…大きな木が生えてます。あ、あとテレビ画面がついた建物が目の前にあります。」
「あーじゃあ、東口かな。ちょっとそっちまで行くので待っててもらえますか?」
「分かりました。来て頂いてありがとうございます。気を付けていらして下さいね。」
「はい!じゃ、後で。」
ネオンが眩しくて夜だと言うのに、昼間のような明るさと賑わいだ。
月明かりをかき消すような眩い街は、好きになれそうになかった。
人の波をぼんやり眺めていると、ポンッと肩を叩かれた。
やけに早い到着だと思いながら振り返ると、全く知らない金髪の男がニヤニヤしながら立っていた。
「ねー!お姉さん、1人?彼氏来ないならさぁ、俺と遊ばない?」
「残念ですが、連れが参りますのでお引き取り下さい。」
ニコリと微笑んでそう告げると、目を丸くした金髪はヒュウと口笛を吹いた。
「ヤバ、お姉さんめっちゃ美人だねー。あんま見ないくらいキレイ…ちょっとでいいから!ご飯だけとかどう?」
「無理です。」
「えー、じゃ今度遊んでよ。こんな美人と出会えるのそうそう無いからさ!ね、頼むよ!」
ウィンクしながらしつこく迫ってくる金髪を、手刀で眠らせてやろうかと思ったが、万が一坊っちゃんに見られてはマズイし、人が多いので騒ぎになっても困る。
どうしたものかと頭を捻っていると、突然金髪が後ろへ遠ざかった。
押し退けて現れたのは、息を切らせた待ち合わせ相手だ。
「響さん、お待たせしました!」
「佑介さん。わざわざ来てもらって本当にありがとうございます。」
「いえ、じゃあ行きましょうか。」
「はい。」
佑介さんが歩き出したので私も後ろから着いて行こうとしたのだが、金髪の腕が伸びてきて前へ進めなくなってしまった。
「おねーさん響って言うの?名前もキレイだね。」
「その人に触るな。怪我しないうちに帰れ。」
「おぉ、怖ー!」
私の両肩を掴んで背中へ隠れた金髪は、おどけた様子で佑介に絡んでいた。
「美人の独り占めは禁止でーす!」
「お前…いい加減にしろよ。響さんから離れろ。」
「ひゃー、お兄さん怖ーい!俺泣いちゃうよ~?うわっ!」
軽口を叩いていた男は、驚嘆の声とともに私から離れた。
振り返ると屈強なサングラスをかけた男2人に両腕を捕まれて、図鑑か何かで見た『囚われの宇宙人』のような姿で項垂れている。
「響さん、行きましょうか。」
「…はい。あの、彼らは?」
「ただのボディーガードですよ。後から合流します。」
「分かりました。」
ちょっと待ってよー!という情けない声が聞こえたような気がしたけれど、私と坊っちゃんは雑踏の中へ消えていった。
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